第15話 迷宮出口へ

『——回収しないでいいわ。ただ、マッピングだけはしておいた方が……。場所だけ知っておけば、似たような内部構造になった時、一つの指針になるかもしれないし……』


「そういう先入観が隙になる気も……、まあいいか。見るだけだぞ。と言っても、見るのはお前だけなんだが……、だから俺たちは遠目からだ。それでいいなら付き合ってやる」


 ナビぐるみだけで見てくればいいじゃないか――とは思うが、あまり離れたくない、というのが本音だ。


 ナビぐるみからの指示、危険信号をすぐに聞けるような場所にはいたい――。

 だからステラが宝箱を確認するのなら、俺たちも近くまでは同行する必要がある。


 怪物、ギミック、宝箱……——判明すれば、これ以上の脅威はないはずだ。


「……縄張りを持たない怪物が、徘徊してなきゃいいけどな……」


「先輩、そういうことを言うと本当にきちゃったりしますよ」


「大丈夫だろ、怪物同士は避けるものだし――」


「いや……えっと、はい、そうなんですけど……。

 でも、なんですよね?」


「…………」


 怪物は倒れている。


 だけど、だからってじゃあ、ギミックが停止しているとは言えない。


「……あ、」


「先輩? もしかして、具体的に想像してます?」


「いや、具体的には……――やめろ、意識させるな。

 考えるなって思えば思うほど、鮮明に脳内にイメージしちまうんだから――」


 四足歩行か? 二足で立ち、翼を持つ炎を吐く生物か?

 それとも無数の足がある、胴体が長く、壁に張り付いて移動する生物か? 


 ……映像をイメージしてしまえば、その怪物を引き寄せてしまう……というか、強制的にこの場へ召喚してしまうのが今、俺たちがいる迷宮のギミックだ。


 ……リッカと再会させてくれたように、良い方向へ転ぶこともあるが――同時に最悪へ転じることもある。自分で自分の首を絞めるわけにはいかない。


「映像はギリギリ……特定はしなかったが……だけど考えちまったぞ?」

「なにを、ですか?」


「怪物が近づいてくることを」


「…………、せーんーぱーいー」


 俺の腕をぎゅっと握ったリッカが体重を乗せてくる……おいっ、耳に、息が!


「わ、悪かったって! だって仕方ないだろ、神童としての癖なんだ! あらゆる状況を想定して指示を出していたんだから、『こんなことがあるかも?』を常に考えちまう。

 現場にいない以上、出遅れる指示をできるだけ早く出すためのやり方だったんだ、体に染みついた癖はなかなか落とせないもんなんだよ!」


 リッカへ弁明することで、頭の中のイメージを払拭させる……、既に遅い対処かもしれないが、悪化するよりはマシだ。


 リッカも、半眼で見つめていそうな声だったが、本気で非難しているわけではないだろう……、たぶん、そう、だよな?


「分かってますよ。あたしのためだってこと、伝わっていますから」


「……ならいいんだが」


『ちょっとー、秘宝の位置を確認したいんだけど……』


 離れたところから声が聞こえ、ステラを待たせてしまっていたことに気が付く。


 リッカと顔を見合わせ……って、合っているかは分からないな。

 握られている腕の位置で、なんとなく彼女の位置が分かるくらいだ。


 そこにいる、という温度はある――。


 ぐっぐっ、とリッカに引っ張られ、


「いきましょう、ここにいたらまた考えてしまいますよ」


「……迷宮に潜っている以上は考えちまうことだけどな……、考えないといけないことだとも言える。早いとこ、このギミック範囲内から抜け出したいものだぜ――」


 内部構造が変わるか、もしくはギミック範囲を抜ければ影響を受けなくなる……。


 ギミック内容が変わるだけで、ギミック自体が消えてなくなるわけではないのだが――。


 どういうギミックに当たるかは、運だな。


 なんにせよ、俺たちにとって脅威であることに変わりはない。




 秘宝の確認――。


 ステラは、鍵穴付きの赤い箱を確認できたらしい。周辺のマッピングも済んだし、データは取れた……、秘宝の回収をしないのなら、もうここに用はない。


 迷宮の出口を探すことに意識を集中させよう。


 分かりやすく秘宝の近くに出口がある、などの傾向でも分かっていれば楽だったのだが、残念なことに、出口がどこにあるのかは完全にランダムである。


 同じような内部構造でも、出口だけは場所が異なる、というケースが何度もあった。


 ヒントもない。まあ、マッピングをしていれば自然と見つかるものではあるので、急ぎでなければ無理に探す必要はないのだが……、急ぎの時はじれったいものだ。


 出口が見つからないと、さらに悪いイメージが生まれてくる……。


「――先輩っ、デートですねっ」

「……なんも見えねえよ」


「好都合では? あたしだけを見ていればいいんですよー」

「いや、リッカのことも見えないんだけど……」


 隣で密着し、甘えてくる後輩のおかげでなんとか悪いイメージが湧かないが……、というか考えられない。


 完全に、頭の中はリッカ一色である……。

 良いのか悪いのか……、緊張感がないと言われたら否定できないことだ。


『良かったわね、そのだらしない顔をリッカに見せないで』

「……お前は見えてるってことだよな?」


『当然。……そんな顔もするのね……。

 元ペアだった怪童の子たちに見せたら絶句するんじゃないかしら?』


 だろうな。別に、常に仏頂面だったわけじゃないが……。良いイメージは持たれていないだろう。今になって思えば、当たりが強かったと自覚している。


 生きて帰ってくるように厳しくしたとは言えだ……、もう少し、慈悲を見せても良かったかもしれない……。


 でも、それで相棒が死んだらと考えると……やっぱり甘くはできないか。


「結局、リッカにしか見せられない顔なのかもな」


 リッカが引き出した顔だ。

 俺も、ここまで顔が緩むとは思っていなかった。


 言われるまで気付けなかったのだ、自覚もなかったようだし……。

 リッカじゃないと、俺のやり方は受け入れられなかった……——のかもしれない。


「うぉっ!? ……リッカ……?」


 後ろに引っ張られたかと思えば、隣のリッカが立ち止まっていた。

 不意を突かれて引っ張られたのではなく、怪童の彼女の力に敵わなかっただけだ。


 ……あらためて、小さく細い体だが、俺よりも十倍以上の力を持つリッカだ……、彼女に掴まれたら逃げられない。


「どうした? 急に立ち止ま、」


「なにかいます……? 怪物、ではないと思いますけど、なんでしょう……?

 こそこそ、こそこそ……でも隠れているわけじゃなくて……?」


 怪物。

 そう言われると大きいものを想像するが……、

 必ずしも、大きい生物だけのことを指すわけではない。


 リッカが言ったように、こそこそと動く小さな怪物もいるのだ。


 小さければ、目に見えない(暗闇という意味ではなく)小ささの怪物もいるし、手の平サイズや、俺たちと同程度の大きさの怪物だって存在する。


 前回見たスライムだって、細切れにすれば小さなスライムになるわけだ。


 だから近づいてくる音がしたとして、重さが感じられないからと言って怪物ではないと考えるのは早計だ。


 つい最近知ったばかりの遠隔操作のロボットの可能性もあるし、探索中の別の怪童の可能性もある……――同じく、怪物の存在も捨て切れない。


 リッカの直感に、俺は腰を落として身構えた……、いつでもステラの指示に従えるように。


「――きます! 音が、」


 遠くで僅かに聞こえた『ダッ』という音から一転――、衝撃が隣からやってきた。


 ……俺の腕から、リッカの感覚が消えた……?


 一瞬の後、後方で岩壁を砕く音がして、迷宮内部が、ずずず、と揺れた……っ。


 リッカが……——殴り飛ばされた!?


「ッ!?」


 まともに声も出ない。


 隣に着地した、足音……、

 怪物ではないが、しかし味方でもない。


 ……怪童か? ロボットか? 少なくとも人型であることは分かった。


 軽く聞こえる足音は、人のそれである。

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