第14話 怪物+ギミック
「わっ!? せんっ、先輩!? 急にどうして――あふ!? ちょっ、うれしいですけど強っ、ちょっと痛いかもです……っ!」
見えていないからこそできたことだ。
リッカからの『本物の好意』を知ってしまった以上、こんな大胆な行動に出ることなど、まずできるわけがない……はずだった。
やっと出会えたことへの感動、本当にリッカかどうかを確かめるために衝動的に出てしまった手――だとしても、やはり暗闇だからこそ、ハードルが下がったと言える。
俺は強く、リッカを抱きしめていた。
もう二度と、離れ離れにならないように……。彼女の体の感触を覚える。
形を覚えるくらいの強さで包み込んだ。
だが、抱きしめ過ぎたせいで、リッカが痛がってしまったみたいだ……、ん? いや、おかしくないか? 怪童で、頑丈なリッカを抱きしめて、リッカが痛がるわけが……。
「……あ、あの、急だったもので心の準備が……。その、あまり心臓の音を聞かれたくないと思いまして……。言ったほど痛くはないんです……」
密着しているからこそよく分かる、彼女の激しい鼓動の音……。そして、めちゃくちゃ体が熱い……、風邪でも引いているんじゃないかってくらいの熱を持っていた。
体が頑丈な怪童は、放つ熱も、俺たちよりも温度が高いのかもしれない。
「そ、そうか……それは……うん、悪かったな……」
そっとリッカを遠ざけると、完全に離れることは嫌うのか、彼女が俺の腕を掴んでいる。
見えないと距離感が分からなくなるが、腕が掴まれていれば、近くにいる証明になる。
「……先輩、あたしのこと、心配してくれたんですね……」
「当たり前だろ。だからこうして迷宮まできたんだ……。
それに、これまではぐらかしてきたことへの決着もつけないといけないしな――」
「決着……??」
息遣いで疑問を持ったことが分かったが、ここでリッカの好意に返事をするわけにはいかない。……怖気づいたわけでなく、場所が悪いな……。
迷宮内部でしていい話ではないだろう。
地上に戻ったら話す、と言うと、不穏なフラグになるので言わないが、とりあえず今は返事よりも脱出を優先させる。
返事をしたくて焦るよりも、返事をした後で油断する方が危険度が高いと判断した。
生きていれば返事はいつでもできる……、待たせることにはなってしまうが、リッカの心変わりがない以上は、まだ延長できるはずだ……。
ばささっ、と翼の音を立てて俺の肩に乗ったのは……ナビぐるみ――つまりステラである。
『再会できたようでなにより。……さて、大変なのはここからね……。
迷宮の出口まで、どちらも欠けることなく脱出できればいいけど――』
「それを誘導するのがお前の役目だろ。安心安全、なんて贅沢は言わねえが、今日は寄り道はなしだ。秘宝を見つけても脱出を優先する……、
秘宝に飛びついて迷宮の罠にはまり、さらに奥へ落とされるのはごめんだ」
当然、ステラが気になっている人型の遠隔操作ロボットの情報があっても、だ。
『………………、分かったわ』
「沈黙が長いわ。……それはそれで、次の探索の時に狙えばいいだろ。
今、無理に手を出す必要はねえ。仮に見つけたとしても、回収できるとは思えねえよ」
『ま、そうね。リッカだけならまだしも、あなたというお荷物がいれば回収できる秘宝の枠を一つ埋めたようなものだし』
「おい。いや、否定できるほど役に立つとは言えねえが……。
ともかく深入りはしない。いいな?」
『先へ進みましょうか。ここはちょうど、怪物の巣だから、他の怪物も近づかないみたいだし……、しばらくは安全な道を歩けると思うわよ』
「――いいな?」
『分かったわよ』と頷いたステラだが……不安だ。口ではこう言っているが、いざとなれば秘宝を回収するように仕向けることもあり得るし……。
こいつの指示がない以上、道を歩くこともままならない俺たちは従うしかないわけで――それを盾にされたらきつい。
生殺与奪を握られている。なまじ、自分が握る側だったものだから、どうやって餌を目の前で吊るせば現場の人間が動くか分かってしまう……。
こっちの必死さは、映像の向こう側には伝わりにくいのだ。
……指示をステラに任せた以上、こうなることは予測できていたはず、か……。
「リッカ」
「はい?」
彼女の声を聞き、心を落ち着かせる……。この声のために、命を懸けて迷宮へ飛び込んだわけだ……、こうして再び聞けたのは、ステラのおかげである。
少しくらい、彼女のわがままを聞くことを受け入れてもいいか……。
「……結局、怪物の罠だったのか? 迷宮のギミックだったのか?
……リッカとこうして再会できたってことは、迷宮のギミックだった――ってことだよな?」
迷宮に善悪はない。
探索者を選り好みして、感情のまま陥れることもない……、ルールの上で平等だ。
怪物は欲求のまま行動するが――そう考えれば、迷宮は容赦こそないものの、感情に左右されないシステムであると言える。
聞こえた幻聴は、怪物の仕業だったのかもしれないな……。
その幻聴により、俺は頭の中のイメージがマイナスへ誘導させられていた……とすれば。
イメージによって迷宮内部——その構造や仕掛けが変わっていたのなら、怪物と迷宮が合わさった罠だったわけだ。
頭の中のイメージをプラスへ傾ければ、迷宮が構造を変える……、仕掛けも俺を補助するようなものへ変わっていたのかもしれない。
見えない以上、確信は得られないが、リッカがあっさりと怪物を倒してくれたということは、手助けがあったのだろう。
リッカが立ち回りやすい地形の変化など、だ。
……無事だったからいいものを、初見殺しの罠だった――。頭の中のイメージによって生死が変わる……、ただでさえ暗闇なのだ、悪いイメージが湧きやすいのは当たり前だ。
しかも近くに怪物がいる状態だぞ……?
根拠もなく良いイメージを抱け、と言われて簡単にイメージできるわけがない。
死を想像すれば……俺は死んでいたはずだ。
だけど恐怖を振り切り、リッカとの再会を望んだ……想像したのだ。
だからこそ、俺たちはこうして再会できた。
『迷宮の仕組みに気づいた怪物がここを巣にして、効率良くを餌を狩っていたから……、迷宮のギミックね。……分かってると思うけど……、怪物がいるからと言って、傍に秘宝があるわけじゃない。でも、ギミックの近くには秘宝がある「可能性」がすごく高い……』
「……回収、しねえからな?」
言ったそばからこれである。
まあ、ギミックが解明できて、怪物も戦闘不能にできたのだ、邪魔をする敵がいない中で、秘宝が傍にあると確信があるとなれば、見逃すのは惜しい……――ただ。
秘宝は宝箱の中に入っているわけだが……、宝箱そのものが罠の可能性もあるのだ。
箱を開けたら怪物を呼び寄せる匂いを放つ――箱そのものが怪物であり、鋭い牙を持って襲い掛かってくる――オーソドックスに、開けたら爆発するなどだ。
怪物を避け、ギミックを解明して油断したところで、秘宝のダミーが牙を剥くこともないわけじゃない。
達成感があればあるほど、疲れもあるし、油断するのだ。
――頑張った奴が報われる世界じゃない。
油断し、気を抜いた奴から死んでいく――血も涙もない世界だ。
迷宮とは、無慈悲である。
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