第13話 増えていく指示

「リ、ッカ…………?」


『――、……見えていないなら教えてあげる。グリット、あなたが落ちたのは案の定、怪物の巣よ。匂いなのか、それとも、私には聞こえなかった音波なのかは分からないけどね……。

 あなたは幻聴を聞かせられていただけ……、リッカはここにはいない――』


 羽音が聞こえるが、ステラのナビぐるみではない……。視界がないことで細かい違いの差が分かるようになってきたのか……と思ったが、単純に聞いて分かる明確な差があったのだ。


 怪物の羽音は、重さが違う……、翼に加えられたパワーが桁違いだった。


 ……巨大な翼。それに劣らない巨体を持つのか、ずしんと地面が揺れている。


 視覚に訴えかけてくる脅威は感じられないが、良かった、とは思えないな……。


 危険度が曇る。

 相手のリーチが分からない。


 行動の全てを、見えているステラに一任することになる――そうか、これこそが……、


 怪童が見ている(見えてはいないが)――世界。



「ステラっ、どうすれば、」


『相手の巨体には隙間がある。股下を潜れば相手の背中を取れるはずよ――、相手の姿は直立するコウモリだと思っていればいいわ……。二本足の股下を滑って向こう側に抜けて!』


 指示に従い、ステラが言っていた怪物……【コウモリ】へ向かって走り出す――そこで。


『え、なにをして……ッ! グリットっ!? 勝手な行動をしないで!!』


「は!? いや、お前がいけって言――」


! まだ考えている最中だったのよ――言ったでしょ、リアルタイムで出す指示には向いていないって!

 あなたみたいに怪物の容姿を見て、すぐに突破口を見つけられるわけがないのよ!』


「じゃあさっきの指示はなんだ! お前じゃなきゃ誰が指示、を、……」


 リッカの声によって俺はここへ誘い込まれたのだ……、つまり、仕組みは分からないが、俺は幻聴を聞かされていたことになる……。


 それがリッカの声を聞かせることだけ、であるとは思えない。


 いくつかのパターンがあるはずだ――。


 たとえば。


 今のようにナビぐるみからの指示を偽装することだって――。


「……どっちが、本物だ……?」


 俺たちにとっては致命的な攻撃だった。


 幻聴を聞かせることによって指示の真偽を曖昧にさせてしまう……、あとに喋った方が本物のようにも聞こえるが、正解を否定する不正解がある可能性だってあるのだ。


 後出しが正解であると思い込んでいると、相手の思う壺、のような気もする……今更だが。


 巣に落ちている時点で相手の思う壺であることは確かだった。



『勝手な動きをしないで! いま考えてるんだからっ!』


『どれが本物で偽物なのかを判断する材料が必要ね……、

 指示の頭の文字を母音に限定する、なんて案はどうかしら?』


『私とあなたが共有している単語を指示の中に挟み込んでおけば……でも一瞬の判断が必要な状況で余計なひと手間を入れるのは……、こっちだって指示に迷いが出るはず……』


『あなたが信用できる私を選びなさい。……理屈じゃ無理よ、これは直感で選ばないといつまで経っても疑ったまま――前になんか進めないわ』



 二人どころじゃない。三人、四人も……。もしかしたら声は同じなので、一人が何役もしている可能性もあるが、する意味がないので切り捨てる。

 こんなところで遊ぶステラじゃないだろう……するとしたら怪物側か。


 巣に落ちたことで勝ちを確信し、遊んでいる?


 すぐに俺を喰わないところはなめられているのだが、好都合だった。


 ……ステラからの通信。重なる指示。進めと言ったり立ち止まって待機だと言ったり、俺を惑わせることを目的とした『かく乱作戦』は、かなり痛い……。


 正解を見つけ出す手段をまだ見出せていなかった。


 口調に差はあるか? ステラが言わなさそうな指示は無視して……、かと言って言いそうな指示があるわけじゃない。


 指示なんてできるだけシンプルに、簡潔に、を意識しているのだ……変化する状況に合わせ、テンプレートの一部を変えるだけで応用できる指示は個性が出にくい。


 即判断が求められる場では、個性は邪魔でしかないのでいらないが、それが今に限れば身を隠す衣になってしまっている……、無個性ゆえに違いがない。


 彼女のことをもっと知っていれば、光明を見出せたかもしれないが、古くからの付き合いではないし、短期間とは言え、深く踏み込んだ仲……でもない。


 本物のステラを見つけ出すための情報が、俺にはない。


 判断材料は、ゼロに近いのだ。


「正解はどれ、か……」


 分からない。どれもが本物だとも言えるし、どれも間違っているとも言える……。

 ステラが言いそうだとも思うし、言わなさそうだとも思う――。


 よく聞いてみれば、全部の指示が俺にとっては利点になっているのだ。罠にはめようという指示がない……。尚更、判断に困る状況が整ってしまったじゃないか……っ。


「正解なんて、あるのか……?」


 それは疑心ゆえの疑問だったのだが、それが正解なんじゃないか?


 そもそも複数の指示があったからと言って、出てきた中に正解があるとも限らない。


 全てが不正解……、本物のステラは一言も発していなかった、ということもあり得る。


 もっと言えば、こうして俺が身を置いている環境ごと、幻聴から促した俺の思い込みという可能性も……――。


 俺は高所から落下しただけで、まだ怪物とは会っていないのではないか……?


 反響する迷宮内。音を耳に叩き込むのはそう難しくない。


 人の耳では聞き取れない音波だとしたら、もっと容易に俺の中に忍び込める……。


 これが俺のマイナスイメージからの思い込みなら、抜け出す方法は簡単だ……、ポジティブになればいい。想像すれば、今の環境を壊せるはず……。新しく作られた俺のプラスイメージが、今のマイナスイメージを上書きしてくれるはず――はずだ!


 見当違いかもしれないが、やる価値はある。というか、やるしかない。


 今の俺にできることは、想像して信じることだけだ。


 この怪物から、逃げ切れるイメージを……――。



 そして、そのおかげかどうかは分からないが……繋がった。


 俺の首の皮一枚が……、それにもう一つ。


 離れ離れになっていた『彼女』と引き合わせてくれたのは、つまりこの環境を作り出したのが怪物の音波ではなく、迷宮の【ギミック】だったから……?


 俺を呼ぶ声は、現実になった。


 フクロウ型のナビぐるみが、大雑把な指示を出す。


『――いま天井にいるわね? その位置から真下に怪物がいるわ……、ずれることなくそのまま落下して、相手の脳天を撃ち抜いちゃいなさいね、リッカ』


「――はいっ! いまそっちにいきますからね、先輩っ!」


 音だけが分かる……だけどそれだけで分かった。


 リッカの拳が怪物の弱点を撃ち抜き、気絶に追い込んだ――。


 怪物が倒れたことで、ずしんっっ、という振動が真下から伝わってきた……。


 ステラが言った怪物の容姿は、完全な嘘だった、ってわけでもなかったか――。


 消えてしまうと分かりやすい。さっきからずっと聞こえていた、さー、という紙と紙をこするような薄い音がなくなった。あれで幻聴が聞こえていたのか……。


 それがなくなった今、この場は現実である……、だよな?


 迷宮の中にいると――目に見えていないとなると、全てが嘘に思えてしまう。


 ……緊張感が消えないわけだぜ。



「……リッカ、か……?」


「はいっ、リッカですよっ、先輩!」



 見えないから分からないが、しかし匂いで分かる……リッカだ。


 この落ち着く匂いを、間違えるはずがなかった。

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