第12話 届く声
「ああ。……ついていくというか、お前が指示してくれないと進めないけどな」
『あ、そうよね、先導するだけじゃダメなのか……めんどうね』
「おい!? マジで指示だけは真面目に頼むぞ!
お前だってリッカのことは助けたいって思ってるんだろうがッ!」
『冗談よ。……確かにあなたはどうなってもいいけど、リッカのことは助けたいわ……。
あの子を助けるための手段として、グリットのことは守ってあげる……仕方ないわね』
「言いたいことは山ほどあるが、まあいい……――よろしく頼む、ステラ」
おそるおそる……だ。
これはステラの指示を疑っているわけではなく、単純に暗闇の中を歩く恐怖である。
たとえ直進で間違いないと分かっていても、低い段差がないとも言い切れない。
つまづくことが、こんなにも恐ろしいと感じるとは……。
普段の『光がある生活』がどれだけ恵まれていたか分かるな……。
「……、ん、ぱぃ……」
「……――今、」
『へ? グリット!? 急に走り出してどう――』
ステラの声が遠ざかっていく……俺が走ったからだ。
暗闇だから、なんて関係ない。だって聞こえたのだ……――リッカの声が。だからステラの指示がなくとも、リッカの声がする方へ進んでいけば、あいつに会えるはずなんだ――――、
「がッ!?」
視界に星が散ったかと思えば、バランスを崩して尻もちをつく。……っ、頭蓋を貫くような一本槍のような衝撃あり、首の裏がさっと冷たくなった……、今のは……そうか、壁だ。
そこに道があると思い込んで全力疾走していた俺は、だから当然、障害物には気付けない。
目の前にある壁が分からず、全力で頭から突っ込んでいた。
……手の平でぺたぺたと触って確かめ、先の道を探っていく。
リッカの声は、こっちからしたはずなんだ……、
だから壁に沿って進んでいけば、リッカに会えるはず――。
『グリット! ……私の指示にあれだけ疑心暗鬼だったのに、なにがきっかけでここまで思い切った行動ができたのよ。
普段のあなたなら気づいていたはずよ、激突した壁がもしも、切っ先がこっちに向いている針だったら? 串刺しになって終わっていたはず……っ』
額からぶつかった俺は、間違いなく即死だったはずだ……、想像もできなかった、その時は……。壁に激突してから気づいてゾッとしたものだが、そう考えられるということは、針はなかったってことだ……考えるのも無駄だろう。
先を見る『もしも』は重要だが、過去を振り返る『もしも』はいらない。
少なくとも、今の行動を咎めるために考えることじゃないはずだ……。
今後、同じことを繰り返さないための反省点にするなら賛成だが。
すると右肩に負荷がかかる……、ナビぐるみが降りたのだ。ぎゅうっといつもよりも肩を掴む足の力が強いのは意図的なのか……、そんなことで俺の行動は止められないぞ。
『――で、急にどうしたわけ?』
「……リッカの声が聞こえたんだ……」
『リッカの? でも、私はなにも……』
「機械には聞き取れなかったのかもな。とにかく、声が聞こえたなら無視するわけにもいかない……っ。迷宮内部の構造が切り替わる前に、リッカを探すぞ!」
せっかく手がかりがあったんだ……これはもう奇跡だ。
迷宮内部へ入る時間と降り立つ場所はランダムだ。全ての道が地続きになっているわけではない迷宮内部で、目的の人物と出会うことはほぼ不可能に近い……なのに。
リッカの声が聞こえたのだ――このチャンスを活かさないと、一生会えなくなる気がする。
『ちょっ、だから待て! あなたに聞こえて私に聞こえない……? そこまで分かっていながらどうして聞こえたリッカの声が本物だって決めつけているのよ!!』
やかましい通信には聞く耳を持たない。……指示を無視するなんて、迷宮内では自殺行為だが、止まれなかった――止まるわけにはいかなかった。
確かに罠かもしれない。でも、違うかもしれない……。本当にそこにリッカがいて、俺を呼んだのだとしたら――罠でもなんでもいくしかねえだろ!!
『ッ、ったく、勝手にしなさい!』
肩の上のフクロウが羽ばたいた。
走る俺の真上を飛び、周囲を見てくれているようだ。
「ん、p、せんぱ――」
「やっぱり……リッカだ! リッカの声がまたっ――」
『私にはなんにも聞こえないわよ!
静か過ぎるほどの迷宮よね……不穏な感じ……』
迷宮はいつでも不穏だろ、とは言わないでおいた。
落ちる水滴や怪物の鳴き声、探索中の怪童の作業音など、意外と遠くまで響くものだ。
周囲に誰もいなくとも、迷宮内部が静かになることはごく稀なはずだが……。
リッカの声が聞こえている俺とは違い、ステラの方は逆になにも聞こえないらしい。
壁に手を当てながら、障害物に気を付け、足早に移動する。
次第に、聞こえてくる声が大きくなっていき……、
「先輩っ!」
「そこにいるのか、リッカ――」
壁から手が離れ、ここまで続いていた壁がなくなったことに気づいた時に引き返そうとしたものの、重心は既に前へ移動していた。
だからこそ、足場がないと察しても、戻ることができなかった。
――がくんっ、と視線が下へ持っていかれた。
闇に落ちる。
落下の距離も分からない。
当然、受け身も取れるわけがなく――。
伸ばした手が思ったよりも早く地面につき、衝撃を吸収できる体勢ではなく、負荷が肘にかかる……、折れてはいないが、地面をごろごろと転がり、悶絶するくらいには痛みがあった。
だが、痛みはすぐに消えていった……それどころではなかった、というだけで、ダメージはしっかりと蓄積しているはずだ。
放置しておけば、あとで痛い目に遭うと分かってはいるが、あとのことよりも今である。
リッカの声が聞こえた。
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