第9話 選ばれた日

 その少女は立体パズルを解いていた……。


 結果は、全てのブロックを壊して外し、同じ色を机の上に並べて六つのグループを作っている……、そういうパズルではないのだが、解き方は一つではない。


 回して色を合わせる答えもあるが、彼女のように破壊して色をまとめて平面に揃えることも、解き方としてはありだろう。


 揃っているのだから、間違いではないはずだ。


 ルールの中で正解を出すのは簡単だ。

 ルールの外に出てから同じ答えを出すことの方が、俺は貴重だと考える。


 狙ってやったわけではなかったのなら、そういう発想が無自覚にできることを評価するぜ。


『お前、名前は』


 彼女の胸には名前と年齢が書かれたバッジがあるが、あえて聞いてみた。


 コミュニケーションは、こういうところから始めるものだ。


『リッカ……ですけど、お兄さんは?』


『グリット――お前よりも年上だから、先輩だな。

 神童だ、お前をペアにすることに決めた。嫌なら残れ、受け入れるなら――ついてこい』


 背を向けた俺の背後で、椅子を引く音が聞こえた。そして、


 教室を出た時、俺の隣に並ぶリッカがいた――。


『お前、教室で俺のことをずっと睨んでただろ……それは言い過ぎか。まるで注目してくれと言わんばかりにこっちに目を向けていた――あれはやめた方がいいぜ。選ぶ側からすればプレッシャーだ。死にたがりか、選ばれても何度も戻された曰く付きだって思われる』


『でも、グリットさんは選んでくれました』


『俺はな。……さん、だなんて気持ち悪ぃ。先輩でいい。呼び捨てでもいいが、』


『じゃあ、先輩』


『ああ、それでいい』


 本音を言えば、呼びやすく短いあだ名みたいなのが良いのだが(コードネームなど……迷宮探索で使える互いの呼び名だ。短い方が短時間で意思疎通ができる)、最初はこのあたりから距離を縮めていけばいいか。


『先輩……先輩』


『なんだよ。いきなり迷宮探索に潜ったりしねえから安心しろ。ひとまず……、ん?

 すまん、連絡があった。……メシか。おい、リッカ。友人……でもねえけど、知り合いとメシにいく用事ができたんだが、お前もくるか? 

 ――いや、こい。ここで別行動ってのはいくらなんでも身勝手過ぎるな……』


『いっても、いいんですか? あたし、邪魔になるんじゃ……』


『ならねえよ。……急にメシに誘ってきたあいつが、俺たちの用事を邪魔してるようなもんだ――気にすんな。お前の分のメシはあいつに奢らせる……珍しいもん食っておけよ』


『は、はい! さっき食べたばかりですけどまだ入りますっ、たくさん食べます!』


『よし、その元気があれば大抵のことはできるもんだ――、頑丈な体に綻びを出さないためにも、日頃から体を作っておけよ……——いいか、リッカ。

 俺はお前を、迷宮で死なせることは絶対にしねえ。だから安心しろ……。お前の怪童としての人生、俺が最後まで面倒を見てやる……だから、まあ、なんだ……。

 嫌なことがあれば正直に言えよ』


 ペアを解消された経験ばかりのせいか、弱気になったところで、不安を押し殺す。俺が不安を持っていたら彼女に伝わる……、こいつに離れてほしくなければ、俺が繋ぎ止める努力をすればいいだけだ……——相手に求めるな、自力で掴んでおけ。


 それが神童の役目の、第一歩だろ。


『先輩は……寂しがり屋ですか?』


 後ろ向きで歩きながら、俺を見上げてくるリッカ……。当時の彼女はまだ髪を団子のようにまとめてはおらず、栗色のそれを、ただ伸ばしただけだった。だから見た目に頑丈さも強さも見えなかったのだ……、教室にいた、というだけで怪童だと判断しただけだ。


 町中で歩いていたら、怪童だとは思わない。


『……怪童がいないと俺たちは仕事ができない。

 お前らがいないと困る……それを寂しいと言うならそうなのかもな』


『なるほど、そういう性格ですか』


 うんうん、と納得したように頷くリッカだ……、おい、なにが分かった、言えよ。


『お腹がすきました、早くいきましょう――レストランに!』


『なんでお前が仕切って……っ、おい待て、行き先も知らねえのに先頭を歩くな!』



 ―――


 ――


 ―


 で、現在。


 リッカが気に入った、いきつけのレストラン。こいつと初めて出会った時、まだステラとも協力体制を組んでいなかった時だった――。


 三人が顔を合わせたのはこのレストランだったな……。あの時とは違い、メニューも増えた……、レシピや新しい機材の技術などは秘宝の中に入っていたものである。


 手に入れた秘宝……国同士の技術の奪い合い……。ただ、中には共有しているものもある……。飲食に関しては、独占するよりも共有した方がメリットがあった。


 発祥の地、というブランドはやはり価値があるのだから。


 味に差がなくとも、ブランドで美味しさが上乗せされる。なにもしなくともこっちが上であると相手が思い込んでくれるなら、進んで公開した方が旨味があった。


 美味しい、不味いが主観である以上、思い込みとは最大のスパイスである。


 食べ物のレシピを取引として提示するには、少しフックが足りない……ないわけではないが、昨今のVRやらARなど、技術に比べると劣るというのが正直なところだった。


 国は、他国よりも先に貴重な技術を回収したい……。

 だから俺たち回収屋に休みはなく、毎日毎日、多くの怪童は迷宮探索へ駆り出されている。




 ――秘宝回収の失敗から二日が経った……。


 昨日、一日たっぷりと休息を取り、そして今日である。迷宮探索の日だ。


 もう数日、休息を取った方が安全だが、体が鈍る危険性もある。迷宮探索の熱がある内にもう一度……、潜った方がいいだろう。長期休暇は秘宝を回収してからだ。


 腹ごしらえを済ませてから、いつものようにリッカを見送る。


 今日は、ステラは不在だ……研究室にこもったままだ。

 ……まあ、リッカが潜る頃にはピットにいるだろう。いくら夢中になっているとは言え、大事な妹分のリッカを後回しにするあいつでもないだろうし……。


「じゃあ先輩っ、いってきますね!」


「おう。気を付けろよ」


 と、気軽な挨拶で迷宮探索へ向かうところは気が抜けていると言えるか、それとも慣れて余裕が出てきたと見るべきか……、油断にならなければ良い傾向か?


 最小限の荷物を腰のポーチに入れ、リッカが国と迷宮の境目を越えて姿を消した。


 扉でも洞穴でもなく、虹色の歪んだ景色に触れるだけで、その姿が消えていく……、いつ見ても慣れないものだ。水面に触れたように波紋が出るところがまた不気味である。

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