第8話 ペア解消

『――アンタの雑な指示に従っていられないわよッ!

 命がいくつあっても足りない――もうアンタにはついていけないッ!!』


 俺と組んだ怪童は、数回の迷宮探索を経て、必ずそう言って去っていった。


 雑な指示? 無茶ぶり? 映像でしか迷宮内部を見ることができない俺たちだって、指示をするのは大変なんだ……、毎回毎回、的確で安全な指示が出せるわけじゃない。


 現場に出る人間の苦労を、俺たちが分からないように、お前ら怪童だって、指示を出す俺たち神童の苦労を分からないじゃねえか。


 できる範囲で最善の指示を出している――にもかかわらずだ。


『他の神童は、アタシたちのことをもっとよく考えてくれてる……』


『よく考える? 安全を? だが、それで犠牲にしているのは、結果だぞ』


『アンタは結果を求めているばかりで、アタシたちのことを見てすらいない! だからアタシたちがどうなろうと構わない指示が飛ばせるのよ――いい加減にして!

 アタシが迷宮内部で死んでもいいって言うの!? こっちはアンタの指示しか頼れるものがないって言うのに!!』


『…………』


『悪いけど、もう付き合い切れないわ。アタシとペアを組んでくれる神童も見つかったし、一度、お試しで迷宮に潜ってみたの――』


『ここ一週間、連絡がつかなかったのはそのせいか』


『黙っていたことは謝るわ……だけど、報告させるほどの信頼関係を構築できなかったのはアンタの落ち度よね? 一方的にアタシだけが悪いだなんて、言わせないわ――』


 報連相を徹底しろ、と言うが、それができる環境を作るのは俺の役目だ……。

 神童と怪童に上下関係はなく、対等だが、やはり指示を出す側、出される側で分かれている以上は、神童側が上に立つ傾向にある。


 書類上、そうでなくとも、二人の関係性においてそう決まってしまっていると、実際の上下関係となにが違うのか。


 環境を整えられなかったのは、俺の落ち度だ……分かっている。


 雑な指示が嫌だと思うなら言えばいい……言わせない圧が、俺にあったのだろう。


 無自覚に。


『……一回の迷宮探索で分かったわ……アンタじゃない。

 命を預けるとしたら、アタシは自分で選んだあの人がいい……だから――』


『ああ、分かった……ペアは解消だ。元より、数合わせで組んだようなものだしな。どちらも余りもの、望まれなかったからくっついただけ。いいぜ、別に。

 嫌々、一緒にいられてもこっちが迷惑だ。お前を大事にしてくれるその親切で優しい神童と一緒に成果を上げてくれよ。見届けはしねえが、応援はしてやる』


『……最後まで偉そうな人……、

 アンタを受け入れてくれる子なんていないでしょ』


 かもな。


 最後まで和解することなく別れた元ペアだった怪童の少女……、彼女とは再会していない。


 都市の中であいつを見かけたこともなかった……まあ、ありふれた日常ではあるが、迷宮内部へ潜ったきり、戻ってきていない――というのは、あり得る話だ。


 あらためて言うが、無事に戻ってこれる方が珍しい。怪童でも帰還率は低い……。

 だから怪童以外ならもっと低いだろう……、可能性は、ゼロに近い……。


 指示をしてくれる神童がいなければ、確実に戻ってこれないほどの危険度だ。


 安心安全、ね。そんなルートがあれば教えてほしい。

 緊急時において命以外に優先するものがあれば先に言っておいてくれ。


 俺は仲間を死なせたくないから、雑な指示でもいいから先読みをし、無茶なことをしなければ避けられない危険が迫っていることを伝えているのだ……。

 厳しく接していじめているわけじゃない……、そうしないと仲間を救えないからだ。


 ……これは、俺の技術のなさが原因だ。


 もっと上手く、ナビぐるみを動かせていれば――映らない危険を先読みして、安全安心のルートを歩かせることができる。


 だけど俺にはそれができない。


 だったら……、雑でも無茶でもいいから、伝えるしかねえじゃねえか……ッ。


 それから。


 ペアを解消した俺は、まだペアを組んでいない怪童が集まる教室へ案内された。回収屋として組織に属する神童は、様々なサービスを受けられる……まあ、実力主義なので、成果を上げなければ相手にされないのが実情だが……、とにかくだ。


 組んだ怪童の死亡率がゼロの俺は、新しい怪童を探すための相談を持ちかけたところ、顔も名前も知らない上の連中の一人から、教室ここを案内された……。

 親がいない怪童が集まる施設らしい。


 別に、怪童がみな天涯孤独ってわけでもないのだが……、学生で言う、運動部と文芸部みたいな差でしかない。神童だろうと怪童だろうと同じ人間である。


 それでも親がいない怪童が多いのは、その力が先天性によるものだからか……。


 怪童の親は怪童であることが多い。怪童であれば迷宮に赴く機会も多く……つまり、戻ってきていない者の方が多いのだから、自然と集まるというのも納得だ。


 父親もいないというのは不思議だが……(怪童は現代において、女性しかいない)。


 我が子を失うことを予期して、早めに見限った?


 怪童だからと言って、必ずしも迷宮に潜らなければいけないわけではないけどな。


『さて――』


 俺は探す。使える怪童やつを――。


 引っ込み思案でも困るが、指示には素直に従ってもらいたい……。

 好戦的な性格な怪童ほど、俺の指示を疑い始めるし……難しいところだ。


 教室内を見回しながら……、本を読む者、テレビを見ている者、友人とお喋りをしている者や、黙々と一人二役でボードゲームをしている者など多種多様だ。


 その中で。


 教室に顔を出した俺を見続けている怪童がいた。……俺を見定めている? いや、この段階で観察していてもなにが分かるでもないはずだが……しかし、興味が湧いた。


 気になるのはその目の中にある、意図だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る