第7話 二人の距離感

 リッカを乗せ、帰路を走る車内では沈黙が続いていた。いつもならやかましいほどリッカが喋っているのだが、そのリッカがだんまりだと車内は静かである。


 俺もステラも、ぺちゃくちゃと喋る方ではないしな。


 神童の役目が指示を出すことだから、喋ることに疲れているとも言えた……、まあ、俺たちの性格もあるだろうが。


 間を埋めるために話題を作るほどに、沈黙が苦手なわけじゃない。

 喋らないこの沈黙も、冷静になるには必要な時間でもある。


「……見捨てないでください」


 ぼそっと呟かれたリッカの声。

 彼女自身、聞かせるつもりがなかった弱音だったのだろう。だが、車内ではよく響いた。


 俺はゆっくりとブレーキペダルを踏み、車を路肩に停める……カチ、カチ、という音が、車内で規則的に響いていた。


「見捨てねえよ。お前は俺のペアだろうが。……今回は、秘宝の回収はできなかったが、毎回、絶対に回収できるほど簡単な作業でないことは上も重々承知だ。

 一度や二度の失敗で見限られるほど、俺たちはこれまで成果を上げなかったわけじゃない」


「でも、あたしは、亡命してきたかもしれなくて……」


「だったらなんだよ。今度は俺らの情報を抜いて、他国へ亡命するかもしれない、って俺たちが思うとでも? まあ、上の意見は知らねえが、お前が元いた他国の情報を売っていない以上は、情報を漏らすかも、なんて警戒はされねえはずだ。

 そもそも迷宮内で、赤の他人が言っていたことだ、それをバカ正直に信じるわけもねえだろ」


 あいつは、リッカを知っている様子だったが、他人の空似もあり得る。


 俺たちの輪を乱すための策だった、という可能性だってな……。

 いちいちそんなことに気を取られていたら、きりがない。他人の言葉よりも俺が見て聞いた事実を信じるに決まっているだろ……、これまで接してきたリッカを優先する。


 亡命? 嘘をついている? 今後、俺たちを裏切るかもしれない? ……やってみろ、そのリスクを背負ったからこそ、俺はお前とペアを組んでるんだ、バカヤロウ。


「そうやって落ち込み続けるなら、拳骨を落としてやるからな。……ったく」


「拳骨……欲しいです」


 後ろから、俺とステラの間に顔を出すリッカ……、ちょっとは元気が戻ってきたようだが、しかし、拳骨を落として欲しい……? 落ち込み過ぎて頭がおかしくなったのか?


「だって先輩の拳骨、あたしにとっては撫でられているようなものですもん。

 さっきのなでなで、気持ち良かったので……もう一回っ」


「頑丈だから、俺の拳でも撫でられてるように感じるって?

 ……バカにされてるみてえだな。そりゃ神童の俺は人並みの腕力しかねえけどよ……」


「人並みもある? 鍛えてないじゃない、あなたはインドアでしょ」


 助手席からの指摘は相手にしない。

 ピットにこもって指示を出す職業柄、筋肉はつきにくいものなんだ。


 適度な運動はした方がいいが、やっぱり時間と手間がな……。

 結局、後回しにしてそのまま面倒になっていかない日々が続く。筋肉なんてつくわけねえな。


 幸い、腹も減りにくいので、贅肉もつかないが。


 ……必要なのは頭を使うため、糖分だけはないと困る。


「先輩っ、早く頭を撫でてください! 秘宝は回収できませんでしたけど、ほらこれっ、よく分かりませんけど片腕、持ち帰ってきたんですから!」


「それはステラの指示だろ、俺が指示したわけじゃない……。

 それを調べてどうこうはステラの領分だ、俺に礼を求めるな、しっしっ」


「えー、……じゃあいいです、先輩の手だけ貸してもらえれば。

 あとはこっちで勝手に撫でさせますから」


「なんでそんなに撫でられたいんだよ……分かったよ、戻ったら撫でてやるから……。

 運転の邪魔になるから、引っ込め、いいな?」


「――はいっ、先輩、大好きです!」


 はいはい、聞き飽きた言葉、ありがとうな。


 ペアを組んだ当初から言われ続けている言葉だった……、最初こそ距離の近い後輩にドキドキしたものの、毎日のように軽いノリで言われてしまえば、俺も慣れる。リッカにとってのコミュニケーションの一つなのだろうと。だから俺も、いつもと同じように返す。


「おう、分かった分かった。なら俺から離れるんじゃねえぞ」


 神童と怪童。

 一心同体と言うには、距離がある。


 現場に立つ怪童と、そんな彼女を安全地帯から指示を出して動かす神童――。

 怪童は単独行動ができるが、神童は怪童がいなければ仕事を果たすことができない。


 だから依存をしているのは、案外、俺たち神童なのかもしれないな……。


 ――離れるんじゃねえぞ、か。


 ……離れて当然のやり方をしていたことを、俺は自覚している。


 リッカと組むまでは、他の怪童ともペアを組んだことがあったのだ。


 ……ここまで長く続いているのは、リッカが初めてだった。


 リッカがいない生活を、俺はもう想像できない。


「はいっ、絶対に離れませんからね!」


「運転中に後ろから抱き着くのはやめろ! 危ねっ!? 事故るだろうが!?」


「ねえ、私を巻き込むのはやめてね? 二人の邪魔をしたりしないから――せめて私を送り届けてからそういうことをしてくれる?」


 俺たちに興味なさそうに、手元のタブレット端末を操作しながら、しかしちゃっかりと俺たちのことを見ていたステラがそう言った。


「リッカが回収したそれ、早く調べたいから急いで。今日は私、研究室で作業に没頭するから。

 二人、朝までイチャイチャできるでしょ? だから、今だけはがまんして」


「――なんもしねえよ! リッカも目を輝かせるなッ、お前は朝までゆっくり休むんだよ! 疲れを自覚しろ、このバカっ!」


 蛇行する俺の荒い運転に、後ろの車が激しくクラクションを鳴らしてきた。

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