第6話 脱出経路

「……リッカ、動けるか? 休ませてやりたいが、騒ぎを聞きつけた別の怪物が近寄ってくることを考えると、素早く移動した方がいい」


『は、はい……でもちょっとだけ、あと十秒だけでいいので……』


「リッカ、その白いロボット……一部だけでいいから持ってきてくれる? 腕だけでも……壊していいから」


『あ、はい、やってみますね』


 ゴギンッ、という音と共に、リッカを苦しめた白いロボット……、会話の中で言っていたが、確か『アバターズ』とかなんとか……それがこの白いロボットの名称か?


 力づくで破壊し、取った片腕は肩から指先までだ。全身を持っていくことは難しいが、片腕だけなら……、しかし、それでもリッカ以上に大きいのだ。


 迷宮脱出をするリッカの、大きな枷になるのではないか。


「……、興味があるのか?」


「秘宝を回収することは無理でしょ? だからせめて、他国の技術くらいは回収しておくべきよ。調べて分かるようなことではないかもしれないけどね……。秘宝による技術は、説明されて分かるようなことじゃない。秘宝に触れた者の体感で十全に分かるものだし」


 秘宝の回収は不可能か……、そのために迷宮へ潜っているとは言え、今のリッカに無理をさせても帰れなくなるだけだ。


 秘宝を見つけても持ち帰れないなら意味がない。迂闊に持ち出すと、迷宮内部も奪い返そうと好戦的になるしな……。途中で落としてしまえば、秘宝は元の場所に戻される。さらに頑丈なセキュリティで固められて、だ。


 無理に秘宝を回収する必要はない。


 体調を万全にし、日をあらためて――。

 同じ秘宝にまた出会えることはほとんどないが、別の怪童が回収してくれるかもしれない。


 他国に奪わせたくないからと言って、迷宮内部のセキュリティを上げておくのは全員にとって損だ。秘宝の中身は、国同士の取引によって手に入るのだから。


 大きな片腕を、ロープで体に巻きつけるリッカ。断面から見える腕の内部に、ぎっしりと詰まった機械やらコード類やら……、重たいことは容易に想像できる。


 だが気遣いはしない。遠距離から心配だけしたところで、リッカの手助けにはならないのだから。俺たちは彼女に、正しい道を教えることしかできないのだ。


「過去の迷宮と一致してる。全てが一緒とは言い切れないけど、過去のマッピングデータを流用して、出口まで誘導できるかもしれないわ」


「ステラ、そのデータを寄こせ」


「いま送ったわ。……あくまでも目安だから。

 地図を見たままで、実際の迷宮を見ないなんてヘマはしないでよね」


「しねえよ。バカにすんな……、俺はこれでも神童としては成績上位者だぜ?」



 無事、迷宮の出口から出ることができたリッカを迎えに、俺たちはピットから出る。


 迷宮の出口が、俺たちの世界のどこに繋がっているのか、毎回ランダムなのだが(それでもある程度の規則性はある)……、リッカが戻ってきた場所は、遠く離れた場所ではなかった。


 さすがに歩いて数分のところ、ではなかったが……。


 車で移動し、連絡を取ったリッカとの待ち合わせ場所まで急ぐ。



「…………疲れてるのは分かってるけどさあ……」


 待ち合わせ場所にいないと思えば、近くのベンチで横になっているリッカを見つけた。手首にくっついているナビぐるみのおかげで居場所が分かったものの……、メッセージもないまま移動されたら、見つけられないことだってあるんだぞ?


 ……という説教は、目覚めてからでいいか――お疲れ様、と思い、彼女の頭を撫でる。


「ふうん、傲岸不遜な先輩風を吹かせているかと思えば、私が見ていないところではそんなこともするのね……。リッカも見ていないからできること……かしら」


 しまった……、つい気が抜けて……っ、間抜けだぞ、俺……ッ。


「まあ、今回はマジで危なかったからな、サービスだ」

「そういうことにしておいてあげるわ」


 すると、頭を強く撫で過ぎたせいか、リッカが目を覚ます。

 頭に乗る俺の手を引き寄せ、頬にくっつける……やめろ離せ、と抵抗すれば、あっさりと手を戻せてしまうことに、今日のリッカは疲労困憊であることが分かった。


 怪我は……、見える擦り傷は多い。血も出ているが……既に傷口は塞がっている。

 頑丈なだけでなく、回復も早いのが怪童の特徴だ。


 だから迷宮内で負った傷を、今もまだ引きずっている可能性というのは低い……。

 蓄積した疲労も、大抵は仮眠を取れば治ってしまうものだ……にもかかわらず。


 リッカのこの疲れ具合は、なんだ?



「……先輩、あたし、他国から亡命、してきた、んですか……?」


 迷宮内で出会った、リッカが背負う白い片腕の持ち主……——遠隔操作のロボット。


 それを操っていた奴は、リッカを知っているようだった。……過去のリッカを。


 俺とペアを組む前のリッカのことだ……。

 俺は彼女のことを、よく知っているわけじゃない。


 だから違うとも言えないが、そうだとも言えない。……分からない。


 ペアの怪童のことを知ろうと思えば、調べることはできるが、当然、詮索されて良い気分でいられる者の方が少ないだろう。


 そうでなくとも、俺はリッカのことを調べようとは思わなかった。


 この国で生まれたわけじゃない……、移民であることはなんとなく分かっていたから……、詮索されたくないことだと思っていたわけだし。


 それにしても――亡命、ね。


 隠しておきたいことではある。ばれたら信頼に関わるしな……。しかし、それを隠している自覚があるならまだしも、それを知らない、覚えていないというのは、気になるな。


 今まで詮索してこなかったが、仮に俺がリッカの過去を詮索していた場合、もっと早く気づいていたかもしれない……。



 リッカには、昔の記憶がないことを。


 事故で失ったのか、意図的に消されたのかは分からないが。

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