第4話 怪童vs怪物
リッカの頭突きが、白いくちばしに、斜め上から当たった。
ぐわんっっ、と、衝撃がすぐ傍の脳に伝わったのか、白い手の力が緩んだ隙に、俺は掴まれていた手の中から這い出る。
搭載していたぬるぬるの体液が滑りを良くしたおかげもあるだろう……。
ぼとり、と落ちた俺は、リッカの足首にぎゅっと抱き着いた。
同時に、リッカも相手から距離を取る。
しかし、距離を取ったにしては短い。まだそこは相手の射程範囲内だろう……、中途半端な距離は自分の射程圏内であることを考えての上で、か? ……違う。
リッカの視界は使えない。
つまり、敵意を向けられてもリッカは未だに相手の気配を察知できていないのだ。
『まるで人の姿をした災害と戦っているみたいですね……』
あり得ない話じゃない。
迷宮の中なら、なんでもありだ。
『――先輩っ、どうすればいいですか!?』
俺に指示を仰ぐリッカだが……、こっちだって同じ気持ちだ。
どうすればいい?
見えていると尚更、こんな不気味な存在に、どう対処していいのか……。
リッカの信頼が、ここで牙を剥いてくる。
俺が間違えれば、そのままリッカの死に直結する状況――、
迂闊な指示は、出せなかった。
『先輩ッ!』
「……? 待て、リッカ」
相手が動いた。
ゆっくりと、人間そっくりの……というかそれそのものを向け……、指先がリッカを指す。
『……見たこと、あるゾ』
と、言った。
言った? 喋った……こいつ、意思疎通ができるのか!?
『え、喋ったっ!?』
リッカもまた同じ反応だった。……怪童の可能性を残していた以上は、意思疎通ができることも想定してはいたが、見た目の奇抜さに怪物だと思い込んでしまっていた。
怪物は言葉を話せない……はずだ。少なくとも、そういう情報はこれまでなかったし、俺もリッカも、そして後ろにいるステラも出会ったことはない。
だから驚いた……、相手の次のアクションを許してしまうほどに、動きが止まってしまう。
致命的な隙だった――が、相手は攻撃をしてくることはなかった。
『ジzジ……、ザッザザ……ッッ――確、か……リッカ…………、sタヒコが、探、――いる……、ザッザッ、姉、だった、カ――』
ちっ、こんな時に通信障害か……っ。相手の言葉が聞き取りづらい……――だが、リッカ、と聞こえた。相手はリッカのことを、知っている……?
『弟? そんなの知らないよ。あたしはリッカ……、名前は合っているけどね。
あなたが言った「国」のことなんか知らない――、人違いだと思うよ?』
リッカの声が鮮明に聞こえてくる……、通信障害が無事に戻ったらしい。
それとも微妙な位置の問題だったのか?
『ジザッ、ザザザッッ――そうカ、他国へ亡命したのなラ、漏洩防止のために、殺そう……。サタヒk、ザザッ、には、行方不明ではなく、死亡シタと伝えておく――』
……ナビぐるみはリッカの足に張り付いている……ゆえに視点はローアングルになる。
だから相手が上げた足の裏が、少しだけだが、見えた――。
……複数の、穴がある……? 人間の皮膚と同じ質感だが、大量の小さな穴が空いており、それが素足で凍結した地面を歩ける秘密なのだろうか。
相手が上げた足が地面を踏み、瞬間だった――筋力による加速ではない……、それに加えて、まるで爆発したような勢いが白い体を前へと押し出した。
送られてきた映像、限界までズームすれば、見えてくる小さな赤い光は、火花か……?
つまり、相手の足裏から出ているのは、熱……。
体内で爆破させ、衝撃を足裏から逃し、勢いを上乗せした……?
当然、目で見て指示を出して、リッカが反応し動く、なんてプロセスを繋げていれば、間に合うはずがない。避ける間もなく、加速した相手の両手がリッカの両腕を掴む。
『……ッッ』
『身動きが取れない、まま……串刺しにしてやろウ……』
長く鋭い白いくちばしが、リッカの眼前に迫っている。
……こいつ、怪童でも、怪物でもない……人間でも生命体でもなく――、
「機械……ナビぐるみと同じ、ロボット、か……!?」
『……捕まえた』
リッカが呟いた。
視界が使えないリッカは、相手の姿が見えない……、だが、相手に両腕を掴まれたことで『触覚』が活きてくる。二の腕を掴まれたおかげで、肘から下が動く彼女の手の平が、白い腕をぎゅっと掴む――肘の近くだ。
相手がロボットである、と想像すらしていないリッカは、恐らく、いくら頑丈とは言え肘に衝撃を与えれば腕は折れるだろう、と考えているのかもしれない。
だが、いいぞ、たとえロボットでも、可動するための肘は、弱点になることが多い……、そこを頑丈にしてしまえば、腕が上手く動かないことになるのだ。
人間と勘違いするほどのスムーズな動きを再現できているのなら、腕が可動する要の肘……関節は、他よりも弱くできているはず……。
リッカの怪力で、肘を起点にして腕を折れば――機能停止に追い込むことも可能だ。
『――ふんッ!』
聞こえてきたリッカの掛け声――だが、次に聞こえてきたのは、腕が折れた、もしくは破壊された音ではなく……、リッカの戸惑いの声だった。
『……え』
『関節が弱点だと思ったのカ? ……いつの時代の発想だ。二十年……いや、三十年も古い。時代遅れの戦術で、この「アバターズ」を打ち破れると思うナヨ』
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