第6話 近衛騎士の制服
翌日、午前中の執務を急ぎで終えてから私と、陛下、バレッタ卿、侍従のジルとみんなで連れ立って、近衛騎士団の詰所に移動した。
私の制服に呪いをかけた人物の調査を行うためだ。
「あっ、陛下!! ご機嫌麗しく存じます。こんなむさ苦しいところにお越し頂き、誠に光栄の至りでございます」
そこには昨日、近衛騎士の詰所に出入りする不審人物を目撃したという、近衛騎士のオルシーニ卿が呼び出されていた。丸顔で黒髪の彼に私は見覚えがなかった。近衛騎士全員の顔を、まだ私は把握していない。
「オルシーニ卿、久しぶりだな。怪我の具合はどうなった?」
しかしルカルディオ陛下にとっては当然なのか、オルシーニ卿という彼に親切そうに微笑みかける。みんなの状態を把握しているところがすごい。
近衛騎士は普段、皇宮に勤めて陛下の身辺をお守りするほかにも、陛下の代行として辺境の小さな反乱を治めたり、魔物討伐をしたりと忙しい。任務によって怪我をすることもあるのだろう。
「はい! もう完全に治りました。陛下にお気遣い頂けるなんて……」
オルシーニ卿は、陛下の細かな気遣いに丸顔を赤く染めた。とにかく近衛騎士はルカルディオ皇帝陛下が大好きな軍団なのだ。私もその集団心理に染まりそうになってるから、わかる。
「それで、オルシーニ卿が見たという不審人物はどんな見た目だった?」
「そうですね、艶のある黒髪で、若そうな……」
オルシーニ卿は、記憶を想起するためか視線を彷徨わせ、私と初めて目が合う。彼は陛下ばっかり見ていて、私をその他大勢としか認識していなかったようだ。
「……丁度彼くらいの見た目でしたね」
陛下やジル、バレッタ卿の視線が私に集中した。なるほど、不審人物が私であるとされるのか。敢えて挑発するように笑う。
「確かに私は早朝からここに来ましたけど、いけませんか?実は、最近痩せてしまって、数ヶ月前に計測したサイズの服では見栄えが悪くなるだろうと直しに来たのです。逆にお聞きしたいのですが、オルシーニ卿はなぜ、不審と思われる私を目撃して放置されたのですか?」
今度は全員の視線がオルシーニ卿に向かう。
「いや、それはその……陛下のお膝元でおかしなことはしないだろうと放置してしまった」
などとごにょごにょ語るオルシーニ卿だが、私はジルの表情を盗み見た。ひとつも焦った様子はないが、ジルの調べ方はおかしい。だって、私は早朝の出入りを疑われることなど予想して、堂々と門の衛兵、庭師、食材運搬のキッチンメイドなどに話しかけてある。彼らに聞かなかったんだろうか。
私の視線に気付き、ジルのぱっちりした睫毛の長い目がこちらに向いた。
――あれ?
光の加減のせいだと思っていたジルの瞳は、よく見ると左右で色が違っていた。片方が青で、片方が緑の瞳が微笑む。
「僕の瞳が気になりますか?」
「あっ、いえ」
気になるけど、そうとしか言えない。青でも魔力が高いのに、片目は最高の魔力を示す緑ということは、ジルは相当な魔法使いだ。
「そんなことより、フォレスティ卿!! つまり、貴様は自作自演をしたのか?! 陛下の関心を買うために朝っぱらから神聖な近衛騎士の制服に呪いをかけたのか?!」
バレッタ卿は早合点をして、私に詰め寄る。切れ長の赤い瞳を吊り上げて、こめかみに血管を浮かべていた。
「落ち着け、サーシャの自作自演などではない」
「ですが……し、失礼いたしました」
不満そうなバレッタ卿だけど、陛下に諌められて情けない表情になった。
「私を誰だと思っているのだ? それなら、とっくに見抜いている。呪いを発動させれば、サーシャの体に穢れがつく。持ち物に穢れがつく。サーシャにはそれがなかったし、昨夜、サーシャの部屋までこの瞳で調べたのだぞ」
「へ、陛下がフォレスティ卿の部屋に行かれたのですか?」
「……そうだ」
陛下がそこで、顔を赤らめる。なぜ。
「その点はもういい。それで、つまり、サーシャは早朝から来ていたので、呪いをかけられたのはそれより前だとわかったな」
陛下が咳払いをして、話をまとめる。
「では、次は近衛騎士の制服の納入に関わった人物……となるとメイドですね。そちらは陛下はお会いしない方がいいでしょう。僕が当たってみます」
「いや、今行ってみよう」
「ご気分が悪くなりますよ?!」
みんなが驚いて、陛下を止めようとした。そう、陛下は大変な女嫌いとされている。実際、昨日から陛下の周りでは一切女性の姿を見ていない。
でも私は女なのに、陛下の気分は悪くなっていないのだ。見た目が女だと拒否反応を起こすのだろうか。
◆
そうしてジルが風通しの良い中庭にメイドを呼び出し、陛下がやや離れたところから、『聖顕の瞳』で呪いの残骸を見抜くという奇妙な面接が行われた。本当に陛下は女性が苦手らしい。スカートがはためく侍女の姿を遠くから一目見るなり、顔色が悪くなった。
呼び出されたメイドは、緊張しながらもルカルディオ陛下からかなり距離を取ったまま、膝を軽く折って挨拶をする。
「君が、仕立て屋から納入された制服を運び入れたのか?」
「はい、その通りでございます……」
植えられている一面のマグノリアから漂う甘い香りも、陛下の気分を紛れさせないらしい。陛下は最早、蒼白な顔色をしている。
「なるほど」
陛下は緩慢に侍女に歩み寄った。小柄で、栗色の髪をしたメイドはかわいそうに、震えていた。
「私の瞳は誤魔化せない。お前が呪いを発動させた。その指に、未だに穢れがついている。だが、指示をしたのは誰だ?」
「わ、私ひとりで行いました! サーシャ・フォレスティ様に私は、弄ばれて、捨てられたのです! それでいっそと……!!」
――は?
嘘でしょ、と思うがメイドはその場に崩れ落ちて泣きわめく。いや、サーシャがそんなことする筈がない。女性関係なんて、詳しく聞いてないけど、真面目なサーシャに絶対にそれはない。バレッタ卿とジルが、うわあという顔で私を見てきた。
「彼女は嘘をついています! 私は絶対にそんなことは致しておりません」
私は胸を張ってそう言った。しかし、メイドは嘘泣きだったのか涙の一切見えない顔を上げて、金切り声で叫んだ。
「サーシャ様が嘘をついています! 騎士ともあろう方が、無理やり関係を始めて、挙げ句大勢の前で私を侮辱なさるのですか!」
侮辱してるのはそっちなのに、すっごいなあこの人……と私は言葉を失くす。
「もう良い。証言を集めればどちらが正しいのか、すぐに真偽がわかる。バイアルド、悪いがその女をどこかに閉じ込めておけ」
「はっ!!」
名前を呼ばれたバレッタ卿が、暴れる侍女の腕を後ろ手に拘束し、引っ張っていく。
「陛下、私は閉じ込めなくて良いのですか?」
「ははっ、あんなひどい演技、聖顕の瞳など使わなくても見抜けるだろう」
サーシャが無闇に女性を傷つける筈ないと信じてるけど、完全な確証もない。でも陛下は失笑するだけだった。
「さて、黒幕は誰だろうな?」
呟いた陛下だが、倒れそうに足元がふらついた。陛下の薄い唇は血の気が引いたままだ。
「大丈夫ですか?」
「いや、少し休みたい……すまないが肩を」
返事をする前に肩に腕を置かれた。結構しっかり体重をかけられて、慌てて足に力を入れる。
「何だか、サーシャの体は変な感じだな。肩が見た目より細いぞ。もっと食べて鍛えた方がいい」
「は、はい。精進します」
ジルが黙ったままこちらを見て、小さく笑った。
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