第4話 子供の頃の出会い
そう、私たち双子と陛下は子供の頃に一度だけ会っている。ルカルディオ皇帝陛下が、まだ皇太子殿下だった時分だ。
14年前の暖かな春の日、先帝の誕生日の祝賀会が盛大に開かれ、諸公は皇宮に集まっていた。
そして大人のパーティーとは別に、各諸公の子供たちは離宮の庭園に集められ、子供だけのパーティーを楽しんでいた。そうやって子供時代から、親交を深める目的であったと思う。もちろん警備にあたる騎士や、世話をする侍女は大勢ついていた。
しかし、空から乱入してきた魔物によって、パーティーは一変した。
後から聞かされたが、あの年は
屈強なはずの騎士が次々と倒される中、私とサーシャ、そしてルカルディオ殿下は偶然に同じテーブルの下に隠れた。子どもである私たちは、何もできずにテーブルクロスの下から、
そして――私たちに気づいた
「あのとき、最も貴い身分であるにも関わらず、陛下は私たちを守って下さいました。それからずっと、私たちは陛下に憧れ、今度は陛下をお守りしたいと心身を鍛えてきたのです」
これは私の気持ちであり、サーシャの気持ちである。思わず熱くなり、拳を握った。
「身分など、あんな場面で関係ない。お前たちは、私より4つも年下でずっと小さかった」
「でも、本当にかっこ良かったです」
「そ、そうか。私はあのとき、声もあげずに震えながら泣くサーラ嬢がいじらしくて、かわいらしくてな。幼心に、私が守ろうと勇気が出せたのだ」
「泣いていた方ですか?」
私は、はっとして口をおさえる。
「ああ、ドレスを着ていたのがサーラ嬢だろう?違うのか?」
「……」
私の反応に、陛下が何かを察して凛々しい眉根を寄せた。
「まさかドレスを着ていたのがサーシャか?」
「ええ……当時は、面白いので良く服を交換していました。まだ見た目は同じでしたから」
「では、椅子を振り回して、私の背後を守った半ズボンの勇敢な方がサーラ嬢だったのか?」
「そうですね」
「なんと……はは、は」
陛下は、小さく笑い出した。そして徐々に我慢しきれないのか大声になる。
「面白い方だな、サーラ嬢は。機会があれば会ってみたい」
ここにいますよ、と私は微笑んでみる。そうとは絶対に言えないけれど。
「サーラに伝えておきます」
「出来れば、早めに頼む。そうだ。皇宮にいるサーシャに会いに来てもらうのはどうだ? そこに私が顔を出すくらいなら、彼女の負担にならないだろう」
陛下は計画を立てたら、すぐに進めたい方なのかもしれない。ぐいぐい迫ってくる。でもサーラたる私はここにいるし、サーシャは呪いによって寝込んでいる。無理な話だった。
「いつだ? いつにする?」
「申し訳ありません。先ほど、サーラは元気だと言いましたが本当は病で寝込んでいるのです。陛下のお耳に入れるまでもないと思ってしまって」
「何だと?」
陛下は私の嘘に怒りはしなかったが、ショックを受けたようだった。
「それは心配だな、彼女に離宮で育てている花でも送ろう。お前たちの瞳のような、紫の花があるんだ」
「いえ! そっとしておいて下さい」
「何を言う。お前の大事な双子の姉ではないか。サーシャの話し方や物腰が女性のように柔らかいのも、本当に仲が良くて、影響を受けているせいなんだろう?」
陛下は微笑を浮かべた。私はぎくっとして言葉に詰まる。昨晩、にわか仕込みでお父様から騎士らしい立ち居振舞いや言葉遣いを習った。でも、サーシャになりきれてなかったかも。私は子どもの頃こそおてんばなどと言われたが、今はそれなりには女性らしく過ごしている。
そのとき、私は野生の勘でバレッタ卿の気配を感じた。
「陛下、バレッタ卿が戻ってくるかと」
「そうか」
完全にサボっていた私たちは、何事もなかったかのような顔で席に戻る。陛下まで子供のように真面目くさった顔を作ったので吹き出しそうになったが――すぐにドアがノックされ、バレッタ卿が入室してきた。
「陛下。ただいま戻りました。全く、素人の小僧にもわかる初歩的な間違いをおかす外務部にはきつく言っておきましたので」
戻ってきたバレッタ卿の長台詞を聞きながら、私は机の上を片付けるふりをする。
「フォレスティ卿は、大変ウユニクス語が堪能なようなので、こちらの確認作業も頼む」
「はい、わかりました」
また山積みにされた書類を前に私は気合いを入れる。何にせよ、この下読みでルカルディオ陛下の負担を減らせるのはいいことだ。
またノックの音がして、先ほどの目の大きな侍従の青年も入室してきた。
「陛下、フォレスティ卿の件について近衛騎士団長に報告して参りました」
そう言う彼は、近衛騎士団長への伝言程度でずいぶん時間がかかったなと思う。私と陛下がお喋りしてる間があったくらいだ。
「ジル、戻ってきたばかりで悪いがまた使いを頼む」
「はい」
「紫水晶宮の花を、フォレスティ家に届けるようにしてくれ。病床のサーラ嬢宛てだ」
侍従の青年の名前はジルと言うらしい。陛下の走り書きしたメモを受け取ったジルは愛想よくにっこりと笑う。
「かしこまりました」
ジルは静かに部屋を出ていった。あとで、私からもサーシャ宛ての手紙を送らなきゃと思う。近衛騎士になったからには、当分家には帰れないから。
午後になって、ベラノヴァ近衛騎士団長が交代にやって来た。陛下が昼食を召し上がるときは、護衛を交代するらしい。
その間に側近の我々も、騎士用の食堂で食事をするという。
「フォレスティ卿、食堂の場所は、この回廊をずっと進んで突き当たりを右だ」
「はい。バレッタ卿は行かないのですか?」
私の質問に、バレッタ卿は何も言わずに歩きだした。
「どちらへ?」
「……食事前に、少しだが剣術の修練を行う」
「お供いたします」
私だって、ルカルディオ陛下の近衛騎士として少しでも鍛えたい。机に向かってばかりでは体がなまってしまう。
「鬱陶しいやつだな。そのかわいい顔で皇宮の騎士団長にへいこらと媚びを売って、近衛騎士に口利きしてもらったと噂だが、私はその手には乗らぬぞ。不必要に近寄るな」
「何ですって? そんな噂は初耳ですね」
虫を振り払うように手を動かすバレッタ卿だが、そんなことはどうでもいい。ここに来て、初めてサーシャの悪い噂を聞いた。でもサーシャはただ頑張っただけだと思うので、姉として少し悲しくもある。サーシャの顔がかわいいと言われるのは、昔からのことだ。私は普通だが、女顔のサーシャは持て囃されるのだ。
サーシャに呪いをかけたのは、やっぱり皇宮騎士の誰かが、妬んでのことかもしれない。ただ、そうなると容疑者は900人くらい。砂浜で玉ねぎの種を探すようなものだ。
「ふん、私は下らぬ噂には惑わされぬがな。フォレスティ卿、教養の分では認めてやろう」
「バレッタ卿の的確なご指示あってこそです。剣術につきましても、近衛騎士団で一番強いバレッタ卿にご指導頂ければ、大変嬉しく思います」
「……貴様はやはり媚びが上手いな」
そうは言っても、バレッタ卿は切れ長の瞳を細め、かすかに笑う。そんなに悪い人じゃないかもしれない。
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