第46話 秒針は刻まれる
貴重な月日は瞬く間に過ぎた。
わたしは瑛太の望む通り仕事を減らして、瑛太も学校からできるだけ早く帰ってきた。
毎日がおままごとのような、
もう、子供の頃にあった孤独な気持ちは胸を痛めることはなく、『自分はここにあってもいいんだ』という気持ちがわたしを落ち着かせた。
瑛太は大学を卒業すると、学んでいたこととはまったく違う仕事を始めた。
隕石衝突まであと二年。その時計は止まることなく秒針を刻み続けていた。
瑛太の選んだのは障害者のための補助器具を作る会社だった。いつからそんなことを考えていたのかまったく知らない。
本人は「美波の話を聞いていると、他人のためになることをするのっていいなと思えたからだよ。こんな時代だからこそ、みんなに快適に暮らしてほしい」と言った。
それはまるでこれまで自分の将来の目標しか考えてこなかった瑛太の口から出てきたものとは思えなかった。深く感動した。
わたしたちは多くを望まず、ただ寄り添って暮らした。休みの合う日はできるだけ外に出て、この星との思い出をひとつでも多く作ることにした。
別にどちらかが言い出したわけじゃなかったけど、四季折々の美しさは目に染みて、心のファインダーを曇らせた。
繰り返しやってくるはずの季節が、来年も来るかわからない。
気候は明らかに異常気象だと言えた。
燃えるように暑い夏。凍るように寒い冬。その間に申し訳なさそうに短い春と秋があった。
それでも季節は美しかった。
カメラを買った。
いまさらだよと言われそうだけど、終わっていくものを手の中に残すために小ぶりの一眼レフを買った。
撮った写真は次から次へとプリントして、ふたりで見るのが楽しみのひとつになった。一枚一枚を小さなテーブルに並べて、指をさして笑い合った。
そしてその年の誕生日、わたしの左手の薬指の指輪が外され、そっと新しいものが嵌められた。
それは生まれて初めてもらうダイヤモンドだった。細いリングに小さなダイヤ。
「これからの人生をもらってくれる? 結婚しよう。もっと早く言うつもりだったんだけど、記念日の方がロマンティックだろ?」
「瑛太はサプライズが多すぎるよ」
今年もバースデーケーキと共に、その場にたまたま居合わせたひとたちからバースデーソングがさざ波のように静かに暖かく押し寄せた。
「誕生日おめでとう。この世に生まれてきてくれてありがとう」
「きっと瑛太がいるから生まれてきたんだと思う」
「じゃあプロポーズの返事はOKでいい?」
何度も肯いた。
わたしはこのひとのために生まれてきた。
そしてこのひとは今、わたしのためにここにいてくれる。まるで奇跡だ――。
どうせならと、なんでも贅沢なことが好まれるようになってきた時代に、わたしたちは質素に、静かに結婚式を挙げた。
お父さんもお母さんも涙腺が緩んできて、ああ、わたしは結局親孝行ができたんだろうか、とブーケを両手に握りしめて考えた。
瑛太と離れていた三年間を親孝行だと思っていたけれど、本当に大切なのは『時間』ではなく、『心の形』なのではないかとここに来て思い至った。
つまらない遠慮をして、そのくせ家を飛び出して、男のところに飛び込んで――。
そう思うと後悔の塊が心の内に浮かんで見えて、わたしは泣いてしまった。
みんなはわたしが結婚のしあわせに感極まったんだろうと思ったようだったけど、結局、最後までわたしはいい娘になれないことに気がついた。両親がどんなに良くしてくれても、拒絶していたのは自分だったんだ······。
なにも言うなよ、という顔で瑛太はハンカチを差し出す。それはわたしの考えがわかっているから、ではないに違いない。
ただ、夫として差し出されたその一枚のハンカチに深い愛情を感じた。
――あと一年とちょっと。
とても短いかもしれない。
その前に死ぬかもしれない。
でもわたしたちは永久とこしえに相手を深く愛することを誓い合った。
久美も、奥寺くんも佐田くんも、温かい拍手をくれた。
病める時も健やかなる時も······。
隕石が落ちる時にも、一緒にいようね。ふたりならきっと怖さも半分ずつになるよ。
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