第6話 天王十位階


 シルヴィは転移者の話をそれとなくお客に聞いてみてくれているが、その反応は鈍い。

 

 こうして二人の奇妙な共同生活は二週間ほど続いた。本来ならば不測の事態に苛立つかもしれぬと覚悟した歳三ではあったが、シルヴィの人柄に救われている。

 

 いつものように夕食時の情報交換中、シルヴィにとって非常に重要な情報がもたらされたとの話になった。彼女は少し言い淀んではいたが、うれしかったのだろうその詳細を話してくれた。

「死んだと思っていた兄が生きているらしいんです。戦災で焼かれた村を復興しているのが、どうにも兄のようで」

「それは朗報ではないか、ならばここに留まる必要もなかろう。明日にでも出立されるがよい」

 歳三は夕食のテーブルに、今までの討伐で手に入れた金のほとんどを出してしまった。

「恐らく150万れーね ほどあろう。これだけあればしばらく旅費には困らぬのではないか?」

「そ、そんな大金もらうわけにはいきません!」

「いや、もらってもらう。これはそなたから受けた恩義であり、これでは足りぬが勘弁してほしい」

「土方様、あなたという人は……」

「シルヴィ殿にはずいぶんと世話になった。兄上と達者に暮らすがよい」

「もう、泣かせないでくださいよね!」


 ふと、武州日野での暮らしが蘇る。佐藤彦五郎の人の好さそうな顔がふっと浮かんでは消え姉おのぶが心配そうに見つめるあの優しい表情が頬を撫でる。


 翌日、シルヴィは兄がいるという国境の村近くまでの乗合馬車に乗り込んだ。シルヴィはもう少し面倒をみたいと懇願したが歳三は許さなかった。

 そのため今日は見送りに来てくれないかと思ったときである。

 出発する馬車荷台からしょんぼりと流れていく街の景色を眺めていると、歳三が深く頭を下げシルヴィを見送ってくれていたのだ。

「土方様! もう……ばか」

 シルヴィの目にはっきりと映っていた。

 普段は仏頂面が多い歳三だが、ふと笑ったり共感したり話が弾むと涼しげな眼もとに愛嬌のある魅力が漏れ出てくるのが、たまらなくかっこいいと思っていた。

 いつもそういう表情をしていればいいのにと、苦言を呈したこともあったが、男に愛嬌などいらんと突っぱねている。

 そう、その優しく爽やかな笑顔で彼は見送ってくれたのだ。心から無事と兄との再会を願う笑顔がどんどん遠ざかる。


「ヒジカタさまあああああああ!」


 ヘルミナの街にシルヴィの声が響く。

 歳三は再び頭を下げると、彼女から受けた恩義を胸に刻み反対側の門から外へと向かう。


 背中に孤独が覆いかぶさってくる。

 一歩一歩歩む足がどことなく、今までとは異なる感触を頭に伝えているような気がしていた。

 思えば石田散薬の行商をしていたときは、一人で諸方を歩き回っていたのだから。

 あの頃が妙に懐かしい。

 武家に憧れ、武士になりたいと切望していたあの時の憧憬は、今こうして血肉となって我が身を支えている。

 

 これからどうするべきか。

 金策としての冒険者稼業は、この世界のことを知ることと、鍛錬を兼ねているので歳三にとっては願ったり叶ったりの部分が大きい。

 こうして今日はオークという豚の顔をした妖人種の討伐を行い街に戻り、いつものように依頼報告をしていた時のことであった。

 

 後ろでひそひそと噂話が耳に障る。

「おい! てめえが最近ちょうしくれてる黒髪野郎か」

 そこには身の丈190cmを超える禿頭の男が歳三に難癖をつけていたのだ。


 何やら気配というか前兆は感じていた。

 このギルドの受付嬢は非常に親切であると思っていたが、どうやらそういうわけではないと気付いた時からだろう。

 歳三が報告に戻ると受付嬢たちは誰が担当するかで揉めているようで、どうやら取り合いをしているらしい。

 面倒なので気付かないふりをしていたが、歳三は受付嬢や女性冒険者たちからかなり人気があった。

 むさくるしく礼儀の欠片もない下品な男が多い中、目元涼しく笑うと爽やかな風が吹き抜けていくような男だ。

 新選組副長時代も、役者のようないい男として市中の女性たちに人気であったというから、受付嬢たちがざわめきたつも仕方がないだろう。

 だがそういう人気が気に食わない連中というのは時や場所、世界が異なろうといるもので……


 「何用だ? 報告が終わったら要件を聞くからお待ちいただこう」

 にべもなく言い捨てる立ち姿こそまたかっこいいと受付嬢が騒ぐので、これもまた火に油を注いでいるとも知らずあの禿頭の大男が寄生をあげて吠え出した。


「てめえ! なめってとぶっころすぞこら!」

 だが歳三は無言。ようやく報酬を懐の財布にしまうと、くるりと向き直り氷のような視線を大男へぶつけた。


「さきほどから随分荒っぽい言葉を使っているようだが、何やら俺が気に食わんと見える」

「ああそうだ、そうさ! てめえみたいに透かしてちょうしこいてる冒険者ってのが俺ぁ気に食わねえんだよ!」

「ふむ、なるほど。この先に禍根を残すのは面倒だ、今決着をつけておくとするか。さあ抜くがいい」

「おっちょっと待て、待てえええ!」


 やはりそうかと歳三はここでもまた喧嘩屋の本分が出たと、自分を笑いたくなった。

 喧嘩をふっかけてくる相手には、大まかな段階がある。


 ①相手を圧迫し、行動に制限をかけること。

 ②暴行を加え、上下関係を明確にすること。

 ③殺害まで考えた暴力行為が目的。


 基本的に因縁をふっかけてくる段階で①はほぼ確定なのだが、ここでさらに上の解決方法を売られた側が提示することで、逆に相手の出鼻を挫き怯ませることができる。

 喧嘩屋らしい考えではあるが、この禿男には効いているようだ。

「何だ? 俺が気に入らんのだろう?」

「だ、だからあああ! 修練場で揉んでやるって言ってんだよ!」

「はははは! これは面白い。なるほど下手に怪我したら稼業に響くからな、よかろう」

「くそ、いちいち腹が立つ言い方しやがって! 剣術の天王十位階 第6位 剛位 の実力を見せてやるぜ!」


 事態を見ていたギルド職員も、歳三の腕が見たいようで案内してくれた。

「さきほどあいつが言っていた天王十位階とは?」

「ああ、剣術や槍術みたいなスキルには 強さのランクを表す天王十位階って目安があるんだ」


【 天王十位階てんおうじゅういかい 】 


 一位 天位  (てんい)

 二位 神位  (かむい)

 三位 極位  (ごくい)

 四位 烈位  (れつい)

 五位 将位  (しょうい)

 六位 剛位  (ごうい)

 七位 強位  (きょうい) 

 八位 克位  (こくい)

 九位 練位  (れんい)

 十位 初位  (しょい)



 「となるのであの禿頭のウォードは 六位ランクで 剛位という腕前だから、この街では最強と噂されてるよ」

「その天王十位階とは、誰が決めている?」

「分からない。スキル鑑定時に分かるらしいけど」

「どこの誰か分からぬ奴が決めた段位を、ありがたがって喧伝しているというのか、まあ見極めてやるとしよう」

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