第5話 土方歳三、ゴブリン討伐をする。
宿は二部屋。
シルヴィに戦闘技能はないので冒険者稼業は難しい。
そのため日中は歳三が冒険者として荒事をこなし、シルヴィは近隣の飲食店で働きながら転移者の情報を調べてもらうことになった。
そこでさっそく冒険者ギルドにて、ヘルミナ近郊に出没するという小型狼退治と、ゴブリンという妖人種の討伐を引き受けてみた。
マッグワスの森。
薬効の高い薬草の群生地帯があり、薬師たちの採取が盛んであるが、妖人種という人に対し敵対的行動をする魔物が住み着いている。
そのため採取者の安全を確保する意味でも、常に討伐依頼が出されており、地域性に伴う需要の高い依頼であった。
歳三にとっては初めて遭遇する魔物である。
(異形の怪異と出会うのはあれ以来か……)
それは三度目の移動となった
夜中に彷徨う隊士の亡霊がいるという噂を、監察の山崎が世間話のように話していた。
まさかそのようなことはあるまいと、仕事で遅くなった夜分に
武士が未練がましいと怒鳴りつけたら姿を消したが、今回は荒事確定であろう。
森は街道からやや外れた位置にあり、小高い丘を取り囲むように広がっている。
慎重に薬草採取の者たちが作った道らしきものを歩んでいくが、ふっと鳥たちの囀りが止み奇妙な気配が前方から漂いだした。
小柄な影が木々の間を縫うように移動し、こちらへと近づいている。
だが気配が丸見えであり、縄張りのつもりなのだろうか?
奇声を発しながら、手持ちの武器で乱雑に木々を傷つけている。
あえてその身を隠すような真似をしていなかった歳三を視認したのか、数に任せて害する腹積もりのようだ。
既に三十間(約50m強)。
一匹でも伏兵を忍ばす素振りでも見せれば、こちらの動きをけん制できるものを、馬鹿正直に距離を詰めてくるあたり、知能の低さを露呈させている。
歳三はここでようやく、ゴブリンという魔物の全体像を初めて目視した。
恐怖はない。あるのは醜悪な汚物を見た時と同様な不快感。
「小鬼かその類だな、やはり面妖である。人型だが対話は不能だというから、容赦もいらんだろう」
身長は130cm~140cm程度。
濃い緑色の肌は無数の吹き出物が溢れるいびつなもので、個々で形の異なる鉤鼻がそれぞれが奇妙に捻じれていたり曲がったりしている。
革鎧のようなものを身に着けている個体もいれば、ぼろ布を巻いただけの個体もいた。
さて、歳三が注目したのは得物である。
錆びた小剣を持つのがほとんどであり、一匹だけ弓を握っていた。
甲高く奇怪な言葉らしき叫びを発しながら、剥き出しの敵意と殺意がまき散らされている。
雑な殺気のせいで挙動が丸わかりだ。
敵の癖を掴んだ歳三がとったのは、意外な行動であった。
恐らく、この状況においてほとんどの人が弓持ちを狙う、もしくは弓持ちを狙うための位置を取るべく行動するだろう。
だが歳三は違った。
一見何の策もなく、無謀に突っ込んだように見えただろう。
小剣持ち四匹に対し、歳三は自らを奮い立たせるためにあえて大仰な気組を発しながら切りかかった。
「ギヒャッ!?」
気組が通じたことを試すにしても豪胆すぎるだろう。
一歩も動けずゴブリンは、脳天から股座までを一刀両断に断ち割られてしまう。
愛刀から伝わるのはまるで豆腐を断っているかの如き、凄まじい切れ味。
吹き出す緑色の血を避けつつ、恐怖で動きが止まった残りの小剣持ち三匹に対し、勢いのままに斬り込むかに見えた。
だが歳三は、右手に見ていた大木へすっと身を隠すと同時に、その幹に矢がトンッと突き刺さる。
思わず弓持ちのゴブリンが悲鳴にも似た呻きを発した。
歳三の目には見えていた。弓手の射線と小剣持ちの位置取り。そして矢を防ぐための木々の位置取りが。
鳥羽伏見から会津母成峠での戦い、松前藩、官軍との死闘を経て、この男は剣雷弾雨の中で反射的に射線を理解し、立ち回る癖を身に着けてしまっていたのだ。
こうして歳三の策にはまり木の裏側へ追ってくるゴブリン三匹を一瞬で切り伏せると、そのまま木々を縫うように移動し、弓の胴を両断し絶命させてしまう。
手傷はなく血しぶきも浴びることもなく、圧倒的な手並みに対し感嘆する観客はいない。
歳三は市場で買った短剣を使い、討伐の証であるゴブリンの耳を切り落としていく。
僅かに息があるゴブリンもいたが、さすがに歳三であっても苦しまぬようとどめは刺していた。
「ようは対人戦闘の延長であるな」
こう手応えを感じた歳三の動きは早かった。その日のうちに森奥まで進み、ゴブリン30匹を討伐することに成功してしまう。
やはり人と戦う癖がついていたので、これから魔物という妖怪変化と戦うことになると覚悟を決めた歳三は数戦もすると、早くもそのコツを掴んでしまった。
従来は喧嘩屋である。どうやったらうまく立ち回れるか、優位に立てるかを四六時中考えているような変人の類なのだ。
次に遭遇した狼系などは突進と噛みつきさえ見切ってしまえば、すっと一歩踏みこみ下段から首を斬り飛ばすなど造作もなくなっていく。切りかかる際の毛並みの生え方なども意識するといい。
まさか武州日野のあぜ道で野犬退治をした経験が、こう生きてくるとは思わなかった。
宿への帰路、夕暮れ雲を見上げながらふとこみ上げた俳句心。
性分には抗えんものだ、と観念し発句を試みると……
『 明日見えず 金策ついでの 鬼退治 』
「句帳を新調せねばなるまい……」
シルヴィは、やけに機嫌の良い歳三を出迎えることになるのであった。
◇
妖人種の血は汚らわしかったため、宿で刀の手入れをしていた歳三であったが、その切れ味や造りに唸るほどの興奮を改めて覚えた。
あれほど魔物を切ったにも関わらず、刃こぼれ一つ見せていない。
「之定を持ってこれたのは不幸中の幸いと言えるかもしれん」
言わずと知れた、
土方歳三の佩刀として広く知られているが、彼は兼定を複数所持していたとされ、その中でも之定が特に有名である。
厳密には之定ではなく、初代や三代であったとする説も多いが、今彼の手に握られているのは間違いなく、最上大業物としてその名を轟かしている あの兼定なのだ。
歳三が難なく魔物を倒すことが出来ているのは、この刀の切れ味にも大いに助けられている。
二尺八寸、手に馴染み、多くの死線を共に超えた愛刀。
今日は、兼定の助けもあり えふ らんく という段位から、 でーらんく に上がったという。
ギルドの受付嬢は早すぎると驚いていたが、金稼ぎが目標なのであまり気にしてもいない。
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