第4話 土方歳三、冒険者登録をする
「シルヴィ殿は館へ帰るべきであろう」
「いいえ、帰りません。帰ったところで土方様を逃がした罪で殺されちゃいますよ? もしかして死にに戻れとおっしゃっているのですか?」
「なんというか、あなたは俺の弟弟子に言動が似ている。ああいえばこう言うが、どこか憎めずひょうひょうとかわしてしまう」
「まあ、だったら帰れなんてもう言いませんよね?」
いざとなると女のほうが度胸が据わるとはよく聞くし、姉おのぶを見ていてもなるほどと思うところも多い。
実際のところ、世慣れして人当たりの良いシルヴィがいてくれることで、この不愛想な男がどれほど助かったかは言うまでもない。
鋭い眼光で睨みを利かす癖が抜けないものだから、つい怪しい冷たい、怖いと見られてもシルヴィがこの人って目付きが悪くて困ってるんですよ~とあっさり宿を決めたり食事の注文をしてくれる。
シルヴィが買ってきてくれた食事は、歳三が苦手としていた肉類ではなく、白身魚を辛みの利いた香辛料をまぶして揚げたものを、パンに挟んだボリュームのあるもので、さすがに気が利くと感心しっぱなしだった。
江戸時代までの日本人に肉食の習慣はあまりなく、鴨肉の他には一部武芸者や病人の回復期に薬として獣肉を食べていた程度であった。
ももんじ屋の扱う肉は今と違って臭みも相当なものであったから、歳三が苦手になるのも当然かもしれない。
そういった歳三の嗜好を把握し、何も言わずに好みで腹持ちの良い大衆食を用意できるこの娘はやはり気遣いに秀でた江戸の女に似ていると、歳三は奇妙な郷愁の影を感じていた。
「さて土方様、今後の方針です」
「あ、ああ」
「わたしは身よりもなく戦災孤児です。そのため自由が利きますから、安心してくださいね」
「しがらみや背負うものがないというのは、今の俺と同じではあるな」
「そうなんですよ! だからはっきり言います! 私たちに一番足りないのは お! か!ね! なんです~」
しゅるしゅるとうずくまったシルビィは、軽くなったお財布を土方に見せびらかしながら泣き真似をしている。
それには思わず吹き出してしまった歳三。
「その様子だと次の手は考えておられるのですな、シルヴィ隊長」
「実は考えています! この世界で手っ取り早くお金を稼ぐには、冒険者になるのが一番なんです」
「……冒険?」
シルビィの解説が始まった。得意気で、楽しそうなので歳三も素直に聞いてみるかと覚悟を決めた。
”
冒険者とは、冒険者ギルド、これは組合のようなものですね。
これに所属して、依頼を受け解決して報酬をもらう。というお仕事です。
危ない魔物退治などの荒事が多いので、腕の立つ土方さんには向いていると思いますよ。
”
「剣で飯が食えるのか?」
「最初は簡単なお仕事をしてからランクを上げていくことになるんです。そうすればお金だってものすごい稼げますよ」
思えば試衛館や新選組初期のころなどは、まさに貧乏を絵に描いたような生活であった。だから金欠には慣れているが、得体のしれぬ地で何かを為すためにも金はあっても困らぬだろうと、歳三は冒険者とやらになることを即決した。
くすぶる思いがある。
本来、自分はあの一本木の関門で死ぬはずであった。
それは戦の中で起こりうる死であり、己が生きてきた終着点としての生きざまであり死にざまを命が尽きる時まで描くはずのもの。
だが、奪われたのだ。
死が果たされぬのであれば、今まで切ってきた浪士たちや、切腹させてきた新選組隊士たちへの裏切りではないか?
奴等は立派であった。
最期の瞬間まで武士であり、漢らしく散っていった。
今思い返してみても、見事と言わざるを得ない。
だからこそ、自分は彼らに恥じないような死でなければならぬ。
そうしなければ、向こう側で近藤さんや仲間たちに会えない。そのような思いが沸き起こり、何かを為すための反骨精神が再び染みだしているのを感じる。
「俺から死を奪った奴らを斬る」
「はいはい、そういうのいいですから早く冒険者登録にいきますよ」
「う、うむ。覚悟を決めているのだ、あまり調子が狂うことを言うものではない」
「覚悟でお腹は膨れません」
「せ、正論である」
◇
街の名は、ヘルミアというらしい。
函館にあった外国商館に似た建物が多いというのが歳三の感想だった。
実際には、追手を警戒し隣町であるヘルミナ行きの乗り合い馬車で、その日のうちに乗り込んでいた。
死体は脇に寄せ、シルヴィの魔法で血を洗い流したおかげでしばらく時間稼ぎになるだろう。
思えば驚愕の連続であった。
シルヴィは生活魔法というものを当たり前のように使う。ランプに魔法の灯りを入れたり、調理の時に火を使い、水を好きな時に出す。
掃除の魔法もあるそうで、庶民の間でも使えるものはそれなりにいるとのこと。
彼女から受けた説明では、この世界には
【 クラス 】 と
【 固有スキル 】
なるものを神々から賦与される人々が一定数いるという。
歳三はそれを明確に自覚できる
【 天賦の才 】であると定義した。
「冒険者ギルドで鑑定してもらえるみたいですよ。私もクラスあったらよかったのになぁ」
「いや、そのようなものに縛られぬほうが良いかもしれない。決められた道を歩かされているように思えてならん」
歳三の洋式軍服は不思議とこの異界の街であまり浮かずにすむ服装であったようだ。
おかげで追手らしき影も見えず、シルビィはすぐさまおさげにしていた髪をほどきポニーテール風に結びなおした上で町娘の恰好に着替えていた。
歳三でさえ最初は同一人物に思えなかった。
「戦災孤児はたくましいんです、えっへん!」
この明るさにどれだけ救われているだろう。
まずは冒険者ギルドとやらで登録せねばならない。
ようは江戸にあった口入屋に近いと思えばなるほどと納得した。
だが、歳三は自分の認識が未だ日の本、江戸という枠にがっちり固定されてしまっているのを痛感したのだ。
人の数が多い。かなり大規模な組織であり、ひっきりなしに人の出入りがある。
依頼の数も、受ける人数も、想定していた規模とは比較にならなかったのだ。
よく見れば人のようで人でないモノまで出入りしている有様だ。
耳が尖ったやたら容姿の整った人種や、獣のような耳をした男女がやかましく取り分で言い争いをしている。
戦国の南蛮鎧にも似た金属防具を着込んでいる者が目立つし、隊でも採用していた鎖の着込みに似た防具もちらほらと見かける。
「こいつはすごいな。総司にも見せてやりたかった」
「なんとかって偉い先生は、冒険者が経済を回しているって言ってましたよ」
冒険者ギルドの建物は吹き抜け構造になった5階建ての大型建築であり、様々な受付やカウンターが並び多くの女性従業員が受付を担っている。
言うなれば、江戸の活気に似ているかもしれない。
ぞくりと、自身の血の温度が上昇した気がした歳三だった。
「新規冒険者受付ですね、こちらにお名前をお願いします」
和紙とは違った手触りの紙を手渡されたが、どうにも字が読めない。
「はいはい、土方様、私が書いておきますね」
「助かる」
受付嬢は手慣れた所作で書類を確認すると、テーブル脇に置かれていたガラス板のようなものを指さした。
「こちらはクラスとスキル判定の魔法具になります、適正が分かりますのでどういった戦いをしたらよいかの指針になりますね。剣の素質がなく魔法の素質に恵まれていたら? でも大丈夫、この魔法具で分かっちゃいますから」
「いらん」
「はい、では……ってはい?」
「その適正を調べなければ冒険者にはなれんのか?」
「い、いえ……そういうわけではございませんが……」
「それでいい」
「は、はい……ではその、登録職業はどう書いておきましょう……?」
「武士だ。武士にしてもらう」
「は、はい……」
歳三に気圧されるまま、受付嬢は冷や汗を垂らしながら処置を進めていく。
「大人げないです土方さん」
「茶化すな」
「いいえ、受付嬢さん困ってるじゃないですか」
「いや困らせるつもりはないんだが、そのすまなかった無理を申した」
「だ、大丈夫ですよ、たまにたまーにそういう変人奇人がっ……じゃなくて頑固な人がいますから」
「頑固だって土方さん!」
「……」
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