第3話 異世界の剣技に、俺たちの剣が負けるはずがねえ。
部下の騎士たちがこれみよがしに剣を抜き、騎士鎧をガチャガチャと派手に鳴らしながら距離を詰めてくる。
今風に言えば、おらついていきったクソガキにも似た低俗で下劣な威嚇と煽りだった。
歳三はこの騎士という物共にひどく嫌悪感を抱いた。
武士に対し剣を抜く。この意味を分からぬというより、彼らは理解するとかそういった仕来りや常識が存在していないのだろう。
ならば、死を持って教えてやるしかあるまい。
そして。
異世界の剣技に、俺たちの剣が負けるはずがねえ。
沸き起こる静かな闘志。
天然理心流の剣と、新選組で磨き上げた戦場の剣。
仲間たちの声と、気合と、研鑽が生み出した一騎当千の剣戟が瞼の裏に蘇る。
万感の思いを込め、歳三はゆっくりと左脚を後ろに引きながら、じっとりと大地の感触を確かめるように重心を自然な流れで落とし、鯉口を切る。
「武士を相手に剣を抜いたという意味を、その身をもって学ぶがいい」
「は? 剣を抜いたらなんだってんだ? おいこいつびびってんじゃねえのか?」
「転移者ってのは戦うことに慣れてないらしからな、余裕だぜっおら!」
おらついたほうの部下が、ダンッと足で地面を鳴らし挑発した直後のことだった。
雷光の如く飛び込んだ歳三の抜き打ちで奴の首が宙を飛んだ。あまりにも素早い抜刀に、彼らの目には白銀の剣閃がうつるのみ。
脳からの指示を失って倒れ込む胴体から吹き出す血を器用に避けながら、唖然とするもう一人が振り回す剣を極少の見切りでかわしつつ距離を詰め、喉元に猛烈な突きを放った。
「ごはっ!」
実戦慣れしてやがるな、と歳三が感心したのはあの騎士隊長が突きを放った隙を見抜いて、斬撃を打ち込んできたことだった。
突きは袈裟斬りのような準備動作をほとんど必要とせず、一気に間合いを詰め、相手に重傷を負わせる必殺の剣技ではある。
だが、放った直後の硬直と切り返しの難しさから、一対一の極限の場面で決め技として使われることがある。
新選組の戦場でもあった御用改めにおいて、狭い室内での戦闘時に繰り出しやすいのも突きの特徴であった。
そして騎士隊長もそのことは承知していたのだろう。部下を奇襲で殺されているにも関わらず、精神を立て直し反撃に出たことは、評価に値する。
通常では、突きは外れた時点で死に技になってしまうという致命的欠点があった。
だが、騎士隊長は知らなかった。いや、知るはずもなかっただろう。
隙が大きく出来てしまう【 突き 】を磨き上げ昇華し、必殺の剣技に到達させた剣士がいたことを。
【 三段突き 】
突きが3連続で放たれる あの幕末の剣豪であり、歳三と同門の、沖田総司 必殺の剣技である。
初めて見る者には、一回の突きにしか見えぬほどの高速の突きであったという。
歳三は生まれついての喧嘩屋である。
同じ天然理心流の同門であっても、彼に見えていた剣技は違った。
高速で繰り出す突きを放ったことは間違いないが、多対一を想定する新選組の戦場において彼はその技を沖田総司とは違う方向へと進化させた。
【 弧月返し 】
歳三も1対1では使うことのあった、二段突きの変異迎撃バージョンといったところだろう。
騎士隊長の上段からの斬撃に対し、歳三の刀は見事に弧月のごとき軌跡を描く。
両刃の剣を切り上げから見事切断してしまったのだ。
「なっなあにいいいい!」
斎藤一あたりがこの場にいたならば、弧月返しとか命名してそうだ。などと内心で苦笑しているが、騎士隊長は自慢の剣を半ばで切断されたことがいまだに信じられぬ様子だ。
折ったのではない。切ったのだ。
腕もそうではあるが、さらに恐ろしいのはその刀の切れ味であろう。
急ぎ部下の取り落とした剣を拾い構えるあたり、しぶとさが漂う。
「き、貴様何者だ!」
騎士隊長の額から冷や汗が滝のように流れ落ちている。
「なあにただの死にぞこないだ。一つ聞いておかねばなるまい、なぜ転生者を殺す?」
「お、おい! そ、そのことを話せば、み、見逃してくれるのか!」
必死であった。騎士隊長の剣は実戦を何度も潜り抜けたものである。
だからこそ、この土方歳三という剣客の持つ底知れぬ実力に恐怖し、敵わぬと本能が悲鳴を上げたのだ。
「よかろう。話すがいい」
豪胆にも歳三は懐紙で刀をぬぐうと鞘に納めてしまうのだった。
ごくり。騎士隊長が生唾を呑み込む音がシルヴィにも聞こえたほどだ。
「て、転移者は、その、王侯貴族や大商人たちが買っていくんだ」
「死体もか?」
「そ、そうだ。本当は生きたままのほうがいいらしいが……」
「言葉を濁す暇があるなら真実を申せ」
さすがは多くの不逞浪士たちを取り調べた経験がある歳三のこと、間髪入れずに叩き込まれる精神的圧迫に騎士隊長は抗する術もない。
「い、いや、濁すつもりはない。ただその、真実を話しても、こ、殺さないでくれ!」
「俺の気が変わらぬうちに話せ」
「わ、分かった。あんたみたいな人も含めて、転移者の血とか肉は、俺たちの世界の住人に大きな力やレアスキル、若返りの効果をもたらすんだ。ここまで話せば分かるだろ? な?」
歳三はにべもなく射貫くような視線を突き刺しているばかり。
「転移者がひっきりなしに強制転移している状況じゃ、そりゃ転移者喰って強くなろう、若返りたいって奴がいてもしょうがないだろう? 俺だって命令じゃなぁ」
「そうか。ならお前は喰ったのか?」
「へ?」
「転移者、つまり俺と同胞の日の本の民を殺して喰ったのか?」
「いや、その、しかたがなく、その……」
「何人だ?」
「お、俺みたいな地方配属の騎士隊に回ってくるのなんざ、Cクラスのクズ肉みたいなもんだから、ふ、2人だ」
歳三は静かに目を閉じる。
だが、その瞬間を騎士隊長は見逃さなかった。
「バカがあああああ! ぐぎゃあああああ!」
それみたことか、とシルヴィでさえ思った。
隙を見つけて切りかかった騎士隊長の腰が入っていない剣に対し、歳三は抜き打ちに体を捻りこみながら奴の両腕を肘先から切り落としたのだ。
「武士に二言はない。殺しはせぬが、同胞の受けた苦しみと無念は晴らさせてもらおう」
シルヴィに視線を投げると、そのまま歳三はのたうち回り草むらから坂道を転がり落ちていく騎士隊長に一瞥することもなく、立ち去った。
歳三が転移者に向けられた運命の過酷さに苦悩しているとき、シルヴィにはどうしても気になることがあった。
戦っている時に歳三の振るった刀が、青白い燐光を放っていたことを。
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