第2話 武士vs騎士
シルビィが身の回りの世話をしてくれるので、歳三は丸3日ほどゆったりと過ごすことができた。
ここはある伯爵という貴族の館であり、転移者を一時的に保護しているのだという。
なぜ? 利用するつもりか? とも考えたが、今はまだ回復しきっておらず、療養が必要とシルビィに念を押されている。
ただ、体が鈍ることをを恐れた歳三は木刀に似た棒を探し出し、すぐに庭で素振りを始めた。
シルビィはよく笑いよく話す娘であり、己の死が何者から奪われたという状況に苛立ちながらも、その怒りを召喚などというふざけた無法を行った元凶へとぶつけられるまでには、気持ちを切り替えることができるようになっていた。
「かたな ですか? 探しておきますね」
歳三の頼みを引き受け、私物が保管されているであろう倉庫を探したが見つからない。
そういえば上司の執事がよく地下の食糧庫の奥へ何かを取りにいくこともあったから、もしからしたらあそこかもしれないと、何の抵抗もなく地下へ降りていく。
幸いにも執事や他の使用人はおらず、やたら頑丈な扉を開けるとそこは魔道具を利用して作られた冷凍室であったことに驚いた。
「すごーいだからいつも新鮮なお肉とかお魚が手に入ったのね……え?」
牛や豚の肉が冷凍されているかと思い込んでいた。そういう便利な魔法の部屋を貴族は持っていると姉から聞かされていたからだ。
だが目の前にぶらさがっているのは確実に人の胴体。
はっとして周囲を見渡してみると、切り落とされた手足が箱に詰められている。
奥にあった扉を開けてみると、そこにはあの死体が身に着けていたであろう、様々な衣服や持ち物が乱雑に積み上げられていた。
「これって、転移者のものなのでは……」
恐怖がマヒしてしまったシルビィは、そこに歳三から聞かされていた二本大小の剣を見つけ、震える足で外へ飛び出した。
軽く見ただけで30人以上。
恐怖で歯がガチガチと鳴り続け、途中何度か転びそうになるも一つの結論が頭に浮かんでしまった。
「まさか土方様もあのような目に!?」
転移者を保護する理由が……殺すため!?
荒い息をしながら土方の部屋に飛び込むと、ちょうど鍛錬を終え、汗を拭き着替えを済ませたばかりの歳三がいた。
「ひ、土方様! 大変です、この館の部屋に、て、転移者の死体が……たくさんあったのです!」
「まずは落ち着きましょうシルヴィ殿」
椅子に座らせ水をコップに注ぎ差し出すと、慌てて飲み干してしまいやはり咽ている。
「す、すいません」
歳三は脇差を腰ベルトに差し、刀を右手に持つとシルヴィに話をするよう促した。
「このままここにいては土方様が殺されてしまうのではと、怖くて怖くて仕方がありません」
「うむ……まあ普通に考えれば助ける価値があるからこそ、貴族とやらは俺を助けたのだろう。その価値とは殺すため? それにしては手が込んでいるというか回りくどいやりかただな、気に入らねえ」
すっと立ち上がった土方はそのまま部屋を出て行こうとするも、シルビィが引き留める。
「今からでは目立ちます、逃げるのでしたら午後の使用人が休憩する時間がよろしいと思うのです」
利発な娘だなと、歳三は感心した。
中々に非常時には腰が引けて判断力が鈍る人が多い。御用改めで踏み込んだ際、まともに応対できる町人は限られていたことを思い出す。
「では、シルビィ殿は怪しまれるので使用人室へ戻ったほうがいい。俺なら切り抜けられよう」
「待ってください。あなた様おひとりで? 何も知らない世界の地でお金も持たずに逃げるおつもりですか? わたしはついていきますよ。いえ、一人で逃げるなんてだめです」
歳三はこの娘に対し、どこか懐かしい風を感じていたことに答えが出た気がした。
江戸の女にはこういう気質を持った人が多い。
「きっと引き留めてもシルビィ殿は聞かぬのだろうな」
「当然です」
シルビィの話では徒歩で遠くない距離に街があるのだという。
歳三はシルビィを連れ堂々と正門から出て行こうとしたが、さすがにやめてくださいと止められた。
「裏口がありますから、そっちからのほうが」
「いやこういうのは正門から逃げていくことを想定していないものだ」
「そ、そういうものなのですか?」
荷物を背負ったシルビィを護衛するように、歳三は神経を集中しながら正門から出て行くことに成功した。やはり休憩時間のため門衛交代の時間でもあった。
まあ止められたところで、強引に突破することを考えてはいたが……
急ぐ気持ちを抑えながら伯爵家へ続く道を歩いていると、ちょうど正面からやってきた人影にシルビィは大きい声で「げげっ!」と発してしまう。
「あ、あれは王国軍の騎士隊長さんですよ、伯爵様のところへよく顔を出しているようです」
当然あちらも歳三らのことを視認しているが、騎士たちは道を阻んだ。
「貴様、数日前に保護された転移者だな? 逃がすかよ」
「逃げるとは異なことを言う。私の行く道を阻んでいるのはそちらであろう」
道を塞ぐ騎士は3名。皆騎士甲冑を身に着け、背負っていた盾を構え柄に手をかけていた。
「従わぬなら仕方がない。特A5クラスの肉質と聞いていたのでな、病み上がりでは味が落ちるから十分な休養を与えよとの命であったが拘束しろ。場合によっては手足の一本でも切り落とせ」
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