第7話 土方歳三、試合をする

 暴れ者のウォードが、また新人をいびっている、という噂を聞きつけた野次馬たちが集まってきた。

 受付嬢たちはウォードに侮蔑の視線をぶつけながら、歳三に黄色い歓声をあげている。

「なんとも面倒ではある」

 そのような歓声を受けて戦ったことなどないものだから、どうにも気まずい。

 対するウォードはそういった歳三への声援が気に入らないようで、ますます顔を真っ赤にして渡された大型の木剣をぶんぶんと振り回している。


 ギルドの係員が気を利かせて、歳三の刀に近い木刀を探して持ってきてくれた。

「ギルド修練場は私怨を晴らす場ではないので、実戦形式の修練として利用するように、そのため相手を殺さないよう配慮して特訓するように」

「よかろう」

「ふんっ! てめえの化けの皮はがしてやるぜ! ちっとばかり女にもてるからってよ!」


「では、はじめ!」


 見物人は約50人程度。受付嬢たちは本当にウォードが嫌いなようで、さらに歳三が気に入っているらしく応援合戦の様子を呈してきた。


 歳三は晴眼、やや右に剣先がずれる癖は同門の近藤、沖田に似ている。

 すっと試衛館時代の風が歳三の眼前を過ぎた気がする。

 そういえば他流試合は総司に任せきりであったな。

 

 天然理心流が実戦向きの剣術であるというのは有名である。実際のところ新選組時代では沖田総司を筆頭に近藤勇や歳三らは無類の強さを発揮し、京洛中を震えあがらせたものだ。

 

 江戸の試衛館でも、他流試合を求めやってくる剣客たちそれなりにいた。

 試合剣術をやや苦手としていた、天然理心流の近藤たちの代わりに試合に臨んだんのが、あの永倉新八、藤堂平助、原田左之助、山南敬助、そして斎藤一らの食客たちであった。

 

 あの日々がやけに遠く感じる。そして目の前には半裸の装備をした大男が怒りを隠そうともせずに睨みつけている。


 その禿頭の大男こと、ウォードは両手剣のような大型の木剣を構えながら、じっとこちらの様子をうかがっている。

 剛位といっていたが……いかほどのものか。

 その踏み込みは突然であった。


「うおりゃあああああああ!」


 気組はよし。

 上段からの大振りで、歳三の頭をかち割ろうとしたのだろう。

 悪くはないが、体の使い方が悪い。良い師に巡り合わなかったのだろうな、という感慨を肌に感じつつも歳三も気組を練りながらそのがら空きになった胴を見事に貫いた。


「ぐぼげええええ!」


 あの巨体ごと胴を貫いたことで吹き飛んだウォードは、修練場の保護結界に体がぶちあたり、げほげほと咳き込みながら猛烈な吐き気に耐え兼ねたのか、嘔吐してしまっている。

「気組は悪くない。上段からの打ち込みもまあまあだ。しかし体の使い方に無駄が多すぎて動きが鈍重になりすぎている。鍛錬を積めば良い剣士になろう」


 ここで歳三にとって以外なことが起こった。こういう輩は大体捨て台詞を言って逃げ去るというのが古今東西のお約束事ではある。

 十中八九そういう輩だろうと踏んでいたが、しばしウォードが回復するのを待った後、立ち去ろうとした歳三の前にウォードがまだ息を荒げながら立ち塞がった。


「もう決着は済んだはずだが」

「いや、はぁはぁ、その、ま、待ってくれ!」

 ウォードは木剣を床に置くと、そのまま頭を床にこすりつけながら吠えた。

「お、俺を弟子にしてください! いかに俺の剣が未熟かわかったんだ! あ、あんたの剣のすごさがすごすぎて分からねえくらいだ! たのむ、俺はもっと強くなりたいんだ!」


 これにはウォードをバカにしていた見物客までが黙り込んだ。

 予想外の展開に、受付嬢たちも奇妙な見世物でも見せられているような気分であったのだろう。


「弟子はいらん。だが手合わせなら歓迎しよう。俺も腕が鈍るのは避けたいのでな」

「ほ、本当か! いや、本当ですか!? お、お願いします! 師匠!」

「だから弟子はいらんと言っているだろう、次言ったら手合わせはなしだ」

「そ、そんな、しっ、じゃなかった 兄貴、これからお願いします!」

「まあ良いだろう。だが己の始末をつけるほうが先だ、そこの吐しゃ物を掃除してからにしろ」

「わかりました! おい掃除道具はどこだ! 早くよこせ!」


 こいつはまず礼儀作法からだな。そう呆れながらも出稽古で日野と江戸を行き来していたことを思い出し、再び郷愁の風を肩に感じていた。


 

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