ミカゲの高速詠唱

休みの日俺は本屋に向かっていた。と言っても小さな本屋だが。商店街の外れにあるような本屋。ここはなかなか田舎なのであそこぐらいしか本屋がないのだ。


俺は一人でトボトボ歩く。


「おい、昨日ぶりだな。被験者第一号くん」

と舌足らずな声がかかった。俺はそっちを見る。すると白いワンピース姿で麦わら帽子を被ったウサ先輩と和服を着たミカゲがいた。


「ウサ先輩! ミカゲ!」

俺は言う。まさかこんなとこで会うなんて。


「よう。キミはどこに行くつもりなんだね」

ウサ先輩は言う。


「そこの外れにある小さな本屋さんに」

俺は言った。


「奇遇だな。実はボク達もそうなんだ。実はボクが出した新刊の発売日でね」

ウサ先輩が言う。


「あっあの……私も取材に協力しました……」

なんかどんよりした口調で言う。なんだミカゲ落ち込んでるのか?


「新刊? ウサ先輩。本を出してるんですか?」

俺は聞いた。


「あぁ。ボクがWEBで書いている小説が書籍化されたんだ」

とウサ先輩は言う。


「え! それはすごい! おめでとうございます!」

俺は素直に拍手をした。


「ボクは自分の小説が本屋の本棚に並ぶのを見るのが楽しみでねぇ。これはキミ。物書きにしか分からない喜びだよ」

とウサ先輩が言う。

「なるほどなぁ。凄いですね」

俺がそう言うとウサ先輩はふふんと得意げな情を浮かべた。


「あの私も取材を手伝いました……」

ミカゲが恥ずかしそうにうつむいて言う。


「じゃあ3人で一緒に行きましょうか! 先輩の新刊を見に!」

俺は言う。

「そうだな。そうしよう!」

ウサ先輩がそう言った。


「私も取材をお手伝いしたんです……」

とミカゲが言う。俺たちは構わず歩き出した。


「で、どんなタイトルなんですか?」

俺はウサ先輩に聞く。


「うん。双翼の錬金術師ってタイトルなんだ」


「へーーーーー!! カッコいいタイトルですね。双翼……なんか二人の錬金術師がライバルなんだけどバチバチに戦うみたいなイメージが思い浮かんだんだけど。違います?」

俺は聞いた。


「まぁ、そんな感じだな。ふっふっふっ……このタイトルはお気に入りでね。何ヶ月もかけて必死に考えたタイトルなんだ。だから何重にも折り重なるようにして意味を持たせてある。小説を読み終えたあとうおっ! このタイトルこういう意味だったのか!って」


「あの……私も取材をお手伝いしましたけど……」

ミカゲが言う。


「そう思わせる仕掛けが幾重にも施されている。そういうタイトルなんだ。キミなかなか慧眼だねぇ」

とウサ先輩は俺を肘でウリウリする。


「いやぁ先輩ほどじゃ」

俺は頭を掻く。


ボゴン! 後ろから嫌な音がした。


「私も一緒に取材したって言ってますよね!! なんでスルーするんですか!! 仲間はずれですか!!」

ミカゲが拳を電信柱に叩きつけていた。


「あっ。ごめん。違うんだ。あえてイジメてやろうと無視してたんだ」

ウサ先輩が言う。


「ウサ先輩?」

俺が驚く。


「うわぁあああ!!! だから言ったんですよね」

とミカゲの呪文モードが始まる。


「おい! ミカゲ! 呪文を詠唱するのはやめろ!」

俺は叫ぶ。


「だからこの和服もなんか最初可愛いかと思ったんだけどなんか周りの人からジロジロ見られてて。いや別にそんなん周りの目なんて気にしねーしって思ってたら。観光に来ていた外国人にオーーザシキワラシーーって言われて。勝手に写真撮られて。その瞬間あぁ! もうやだって思ったんだけど先輩との付き合いがあるから仕方なくこの服装で着いてきたら」

ミカゲが高速で喋り続ける。


「おい、不味いぞ。ミカゲが高速詠唱を始めたぞ。あのままでは呪文の威力に術者がついてこれずに」

ウサ先輩が言った。


「ついてこれず?」


「ここら辺一体が焦土と化す」


ウサ先輩が言う。ゴクリ俺はツバを飲み込んだ。まさか、そんなことになるとは……


いや、なんなんだ。このノリは……


「キミは今こう考えてるね? なんなんだ。このノリは……と」

ウサ先輩は言う。


「はうっ!」

俺は驚く。


「この突然始まる中二病的なノリに乗れないと一生陰キャになれないぞ」

とウサ先輩は言う。


「はうっ! よく分からないですけど分かりました……」

俺は言った。


「陽キャしねっ! 陽キャしねっ!」

と言いながらミカゲは拳を電信柱にぶつけている。


「ミカゲ」

俺はミカゲに言った。

「俺はミカゲが頑張ってること知ってるよ。だから……」


「この和服もなんかメチャクチャ暑くてうわぁ! これ汗かくわって思ったんだけど、ウサ先輩から似合ってるねって言われてちょっと嬉しくなっちゃって。別の外国人から一緒に写真撮って欲しいって言われて。その外国の方は結構礼儀正しくて。メチャクチャ深くお礼までしてくれて」

とミカゲは俺の目を見ながら高速詠唱を止めようとしない。あああ……止まってくれ! ミカゲ! このままだとここら一帯が焦土になる……


「ミカゲ。その和服似合ってるよ。最高だよ!」

俺が言うとミカゲの詠唱がピタリと止まった。


「ミカゲのその和服姿見たときドキッっとしたよ。本当にお人形さんみたいだったから。座敷わらしって言われて落ち込んでたけど、こんな素敵な座敷わらしならずっと家に住み着いて欲しいよ。ねぇ! ウサ先輩もそう思うでしょ」

俺はウサ先輩に言った。


「あぁ全くその通りだ」

ウサ先輩は同意した。


ミカゲは黙っている。

「あのさ。ミカゲは自分が思ってるより10倍くらいいや100倍くらいは魅力的でチャーミングで素敵な人なんだよ。だから自分を卑下しないで。まぁでもそうやって高速詠唱出来るところもミカゲの魅力だからね。全部だよ。全部。そうやって毒舌で電信柱に拳ぶつけて愚痴っぽいとこもミカゲの魅力なんだよ」

俺は言う。


ウサ先輩はウンウンとうなずく。さてとこれだけフォローしたら流石に高速詠唱もストップしているだろう……


「口先だけ口先だけ口先だけ口先だけ口先だけ口先だけ、あと魅力的とチャーミングはほぼ一緒魅力的とチャーミングはほぼ一緒……」

とミカゲがまた呪文を唱え始めた。うおっ! これは流石に怖い。


「ミカゲ。ミカゲは凄い。陰ながら頑張ったんだね。ウサ先輩の新作もミカゲの力があってこそだよ。ミカゲがいなかった今日、ウサ先輩の本も出版されてないよ」

俺は言う。


「全くその通りだぞ。ミカゲ。済まない。随分意地悪したな。ミカゲを見るとついイジメたくなってしまう。可愛いものを見るとついイジメたくなっちゃうだろ? それと一緒だ。でもずっと辛かったんだな。許してほしい。ミカゲがいたから本を出版出来た。それは間違いない」

と言ってウサ先輩はミカゲに深くお礼をした。


「ぐすっ……ぐすっ……」

詠唱が止まった。


「ギャラ今より2倍に上げてください……」

とミカゲは言う。え? 俺はミカゲを見る。


「あうっ……それは……だが……言った手前仕方ない。分かった」

と言ってウサ先輩はミカゲに言う。


「ウサ先輩!」

と言ってミカゲはウサ先輩に抱きついた。まぁこれで一件落着だな。てか、ミカゲまさかこれを狙ってた?


「では行くぞ!」

とウサ先輩が本屋に向かって歩き出す。しかし、ミカゲはモジモジしていてその場で立ちすくんでいた。


「どうしたミカゲ。気分でも悪いのか?」

俺は聞いた。ミカゲは首をブンブン横に振る。


「だったら見に行こうぜ。ミカゲの努力の結晶が本棚でミカゲを待ってるよ。みんなで見に行こう」

と言って俺はミカゲに手を差し伸べた。ミカゲは恥ずかしそうに俺の手を握った。


そして

「悠斗! あ、あ、あ、あ、あなたのために小説の取材をしたわけじゃないんだからね! 勘違いしないでよねっ!」


とミカゲが言った。俺は少し考えたが


「いや、そりゃそうだろ! 何いってんだよお前! ツンデレキャラ間違えてんぞ!」

俺はそう突っ込んだ。するとプッっとミカゲは笑った。俺も釣られて笑う。俺たちは手を繋いだまま本屋に向かった。



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