境界世界

 気がつくと俺の目の前には、人型の光の塊があぐらをかいて座っていた。

 人型の光のすぐ隣には、鮮烈な赤髪が印象的な若い女性が立っていた。

 光の塊はニヤニヤとこちらを見ているが、赤髪の女性はまるで魂が抜け落ちたかのように無表情でどこか明後日の方向を向いている。


 しかし、俺が今居るのは四方を淡い光の壁で覆われている何も無い空間だった。


『やあ、■■くん。』

 光の塊が俺の名前を呼んだ。

 声には若干のエコーがかかっている。中性だがどちらかと言えば男の声質だ。


 俺は光に疑問を投げかける。

「貴方はなんなんですか? ここは何処なんですか?」


 光の塊は嬉しそうにニヤニヤしながら答えた。

『そうだね・・・ボクの本当の名前は諸事情で教えてあげれないから、“神に最も近い人間”とだけ答えて答えておこうか。ただそれだと分かりにくいだろうから仮にオドとだけ名乗っておくよ』


 女性の方はずっと無表情だった。

 掴み所のない解答に俺は思わず眉をひそめた。


 謎の空間で、謎の光の塊が話しかけてくる、意味のわからない状況。

 普通の人間なら取り乱すだろうが、どこか吹っ切れてしまっていた俺は自然と落ち着いていられた。


 しかし、その落ち着きもオドと名乗る者の一言によって崩壊させられた。




『——キミ、本物の人生を送りたいと思ったことはないかい?』




 俺の意識は根こそぎその言葉にもってかれた。

 オドもそれを悟ったようで、ニヤつき度を増した悪戯めいた笑みを浮かべながら語る。


『ボクがチャンスをあげよう。

 もう一度人生を送り直すチャンスだ。

 残念な事に地球の全く同じ環境ではなく、剣と魔法とちょっぴり危険のスパイスが効いた世界、君たちの世界でいうところのファンタジーな“異世界”だがどうかな?』


 そんなうまい話があるか。何か危険があるんじゃないかと一瞬まともな思考が働こうとするが、オドがエサにかけたのは、俺がまさに望んでいたモノ。

 しかし絶対に手に入らないと悟っていたモノをエサにかけられた俺は、もはやオドの言葉以外に意識を向けていなかった。


 オドは話を続ける。


『安心していい。

 身を弁えて平穏に暮らす限りは危険は無いから大丈夫だよ。

 それにボクはキミに何も強制しない。

 もう一度人生を送り直すチャンスをキミに与える。

 キミの人生だ。良い事でも悪い事でも好きなようにするといい。

 ボクは”神に最も近い者“として、かつて偽りの人生を送ったキミが異世界で一体どんな人生を送るか興味があるだけだよ』


 オドが言い切ったその時だった。


 ——ゴオオォォォォォォオオオオオオオオオ!


 何も無いはずの空間が大音量の轟音と共に揺れた。


 先ほどまでニヤつき顔だったオドの表情は固くなり、無表情の女性が初めて声を発す。


 その声は恐ろしく綺麗で、恐ろしく機械的だった。


「提唱・外部からの逆探知によるものと思われます。

 警告・これ以上の干渉はこの境界世界の暴露に繋がりかねません。大変危険です」

『ああ、手短に済ませよう』


 オドはそう言って何かの仕草を見せた女性を制止した。


 オドは真剣な雰囲気で語る。


『さっきは危険は無いと言ったけど、騙すような真似をするのはボクの性分じゃ無いから、正直に言おう。

 危険は、ある。

 それも命を落とすどころか——世界中を巻き込んだ大惨事———鮮烈な地獄に身を堕とすような危険だ。

 ただ、誤解しないでくれ。さっき言ったのも嘘じゃない。こんな危険は“人間”の身でありながら神に喧嘩を売るような馬鹿な事をしたやつにしか訪れない。だから安心してくれていい。』


 ——ゴオオオオオオオオオオオォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!


 食い入るようにオドの話を聞く最中、再び轟音と激しい揺れが襲い、女性が警告を発した。


 女性の警告を聞いたオドは『わかったよ』とだけ返す。



 そして、俺の方をじっくりと見つめ、問う。



『そういえばまだキミの答えを聞いていなかったね。

 どうだい? もう一度人生をやり直したいかい?』



 詳細は語られず。提示される危険。不穏な状況。

 本来ならならあまりに不明瞭であまりに危険すぎる。


 しかし、


 それは、あまりにも魅力的な提案過ぎた。


 俺は刹那の思案を巡らせ、即座に答えた。

「——はい!」



 その言葉を聞いたオドは安心した様子で、おもむろに立ち上がる。

 気がつくと白亜の壁で覆われた世界にはヒビが入りつつあり、轟音も鳴り止まなくなっていた。


 オドは女性の方を向き何かを伝えると、再び俺の方を見つめ直して、


『それじゃあキミの人生が順風満帆とまでは行かないまでも、最後に良かったと言える人生である事を陰ながら応援しているよ』


「宣言・開始します」


 女性のその言葉と同時に世界は眩いばかりの光で覆われた。


 そして徐々に俺の意識が薄くなりつつある中、オドが憂いを帯びた声で最後にこう言い残した。




『ボクはキミに何も強制しない。

 けど、もし、仮に・・・キミがこの世界で生きていく中で、この世界の事が——この世界に暮らす人の事が本当に好きになったら、ボクに力を貸して欲しい。それがキミの為にもなるから』




『これは“人間”としてのボクからのお願いだよ——』

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本物の人生を、本物の異世界で。 オリアカ スノ @ORiaka_SUno

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