本物の人生を、本物の異世界で。

オリアカ スノ

プロローグ

偽物の人生

 俺——■■ ■■は死んだ。


 おそらくこれは死者に最後に与えられたほんの猶予なのだろう。

 俺はここに俺の想いを遺す。


==========


 今思えば、俺の人生は敷かれたレールの上を走るだけの退屈な人生だったと思う。


 俺の両親は優秀だった。

 父親は若くして超一流証券会社の営業部長に上り詰め、母親は有名な私立進学校の高校教員。


 俺の生まれた家は裕福で生まれてこの方、俺はお金に困った事はない。

 ——しかし俺に自由は与えられなかった。


 教育熱心で多才な母親は、俺に幼い頃から様々な習い事をさせてきた。

 英会話やそろばんなど学習系に限らず、スイミング、サッカー、野球、テニス、ピアノ、手芸・・・数え出したらキリが無い。


 しかし結果は奮わず。

 俺にはどうやらそういった才能はなかったらしく、母親が数ヶ月で見切りをつけて辞めさせてきた。


 中学に入る頃になると、母親は俺には才能が無いと断定し、習い事の全てを打ち切った。それからというもの、新たに塾に入れられひたすら勉強の毎日だ。


「貴方は才能が無いのだから、せめて才能を努力で補うことの出来る勉強だけしなさい」


 それが母親の口癖だった。


 結局俺は母親の言葉に従い、母親の決めた偏差値の一番良い高校と大学に進学し、そして母親の決めた企業に就職した。


 今思えば、中学の時に母親に従うか反発するかが、俺の人生の分岐点だったのだと思う。

 もう死んでしまったのだから、今更か・・・。



 父親は俺に対して無関心だった。

 俺が買って欲しいと言った物は買ってくれた(勉強に必要無いものは最終的には母親に止められるか直ぐに処分されたが)。

 だがしかしそれも、純粋に俺に何度もねだられるよりは、適当に買って与えたほうが、めんどくさく無いと思っただけだろう。


 しかし父親は規則やルールに厳格な一面も持ち合わせており、俺がすこしでも社会に反する事や決まり事を破った際——母親もかなり怒ったが、父親はその比では無いほど烈火の如く俺に怒った。


 随分前に怒られて以降、俺は両親に怒られるような事はしなくなった。

 

 ・・・。


 今振り返っても、俺は死んだような人生を送っていたと思う。


 死ぬ前の刹那だからこそ思う。


 俺にもやりたいことがあったはずだ。

 自分自身ですら気づけなくなるほど、本当の自分の意思を押し殺していたが、俺にも本当にやりたいや夢、目標があった。確かに。

 けれでも自分の意思が死んでしまった今ではそれが何かすらも思い出せない。


 だがもし。


 仮にもし。


 俺が何か行動を起こしていれば、俺の人生は本物とは言わないまでも、まだマシな結末を辿れたのだろうか?


 こんな偽りの造られた世界で、敷かれたレールの上を走るだけの退屈な人生を、送らずに済んだのだろうか。


 確固たる意思と決意があれば、どうにかなったのだろうか?


 ——もっと明確な何か。もっと明確な夢や目標を持っていれば変わっていたのだろうか?


 既に死んだ者の分際で、自らの名前を思い出せない程度の希薄な存在は、願う。



 もし、もしあともう一度だけ、

 俺——■■■■という存在で人生をやり直す機会があったならば、




 ——俺は本当の意味で生きたい。


 ——本物の人生を送りたい。

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