04

「………で、何でこうなってるんだ?」

 幌の外で流れていく景色。輸送トラックの荷台に設置されたベンチに座り、悪路で暴れるタイヤから伝わる振動に弄ばれながら、ぼんやりと外を眺めていたヴァルがぽつりと呟く。

「仕事だからだろ?」

 向かいにはガムを音を立てながら噛み続けるブラッドの姿。彼は、この話題に特に興味は無いと言いたげにそっけなく答えを返す。

「だからって、こんなのはねぇじゃん!」

 向かう場所が分かったなら普通の方法でそこに向かい、スマートに仕事をこなしてさっさと帰る。話は単純でミッションは直ぐに片付く。そう思っていたのに、それがどうだ。実際はというと、想定していた状況とは異なるものが待っていて、文句をいう間に乗せられてしまったトラックの荷台に漂う空気は重く、いつまでこうしていれば良いのか分からない状態が続いていることに、いい加減うんざりしてしまう。

「なぁんか、受刑者みたいで嫌だねぇ」

 これだけ空は青いのに、だなんて。どうでも良い言葉を付け足した後で零す渇いた笑い。

「始めてって訳でもねぇじゃん。諦めろよ」

 そんなヴァルの反応とは正反対に、ブラッドは口の中で柔らかくなったガムを舌で押し出しながら、空気を吹き込み小さな風船を作って遊んでいた。暫くすると、それは音を立てて弾けてしまうのだろう。案の定、それほど間を置かずして聞こえてきた小さな破裂音。口の外に広がったガムの残骸を丁寧に舌で拭い取ると、彼は再び音を立てて、それを噛み始る。

「潜入捜査って言うと聞こえは良いんだケドさぁ……」

 こんな狭い空間だと、何処に目を向けて良いのか分からない。退屈に出た大きな欠伸のせいで目尻に溜まる涙。それを手の甲で乱暴に拭った後、再び視線を幌の外へと向ける。

「これって本当に必要なモノなんかね?」

 普段ならそんな場所に感じる事の無い違和感は、トラックが走り出したときからずっとまとわりついたまま。外に向けていた視線を向かいに座るブラッドに合わせると、ヴァルは盛大に溜息を吐く。

「だからって手枷・足枷はやり過ぎだと思わねぇか?」

 重たい音を立てて持ち上がる両手。先程から感じている違和感は、手首に取り付けられた枷の重さで感じているのだ。こんなもの必要なのかと抵抗はしたものの、「必要だ」という理不尽な理由で拘束されてた両手と両足。どう考えても、仕事の内容とそれの必要性が繋がらないと言うのに、これを取り付ける理由を説明されないまま、トラックに押し込まれ目的地へと移送されている状態。今までの状況を思い出すだけで気が滅入り、ヴァルは嫌そうに表情を歪めた後、絞り出すように唸り声を上げ項垂れた。

「向こうに着くまでの間だけだろう? 気にすんなよ」

 この状況は理不尽だと。同意を求めるようにブラッドに視線を向けるのだが、彼は矢張り、そんなことは興味が無いとでも言う様に呆気なくそっぽを向いて答えようとしない。

「お前ってさあ、偶にスゲェって思うよ」

「何で?」

 こんな状況でも動じないメンタルの強さ。実際は興味が無いか無頓着かどちらかなのだろうが、それでもこんな状況で肝が据わっているように感じさせる様が、素直に羨ましいとヴァルはそう思う。

 実際、この拘束具を付けられた時、思わぬ事態に咄嗟に抵抗を見せたヴァルとは異なり、ブラッドはされるがまま枷を嵌められ、さっさとトラックに乗ってしまった。それを思い出すと些か恥ずかしさを覚え顔が熱くなってしまう。

「だって、普通こんなの付けられて喜ぶ奴って滅多に居ねぇじゃん? そういうプレイじゃ有るまいし」

 それは精一杯の照れ隠し。思い出す己の失態を忘れるために態と切り出した話題。

 なぁ、アンタもそう思うだろう?

 自分の隣に座る男に同意を求めると、迷彩柄の軍服に身を包んだ彼は、一度ヴァルに視線を合わせただけで直ぐに目を逸らしてしまった。

「連れないねー、軍人さんって奴は」

「仕事馬鹿なだけだろ?」

 煩い。素っ気なく返事を返すブラッドの目はそう訴えている。

「そんなお前も連れねぇのな」

 まだまだ先は長いんだ。退屈だから話にくらい付き合ってくれても良いだろうと訴えては見るが、嫌そうに寄った眉間の皺からその提案は即座に却下されてしまうことを感じ取り、自然と顔が引き攣ってしまった。

「無駄な話をしてたって仕方ねぇからな」

 言い終わると同時に零す大きな欠伸。一体いつまでこの状況は続くのだろう。相変わらず変化のない悪路のせいで、身体に伝わる振動は忙しさを増していく。車内に漂うのは居心地の悪い空気。最悪な道路状況の中、二人を乗せたトラックはただひたすらに目的地へと向かって進んで行く。

 それから暫くは、何の会話もなく時間だけが過ぎていった。

「あー……早く帰って、ビール飲みてぇわ」

 沈黙に耐えられず口から出た愚痴。それが思ったよりも大きく、自分でも驚く。

「…………」

 相変わらず車内に居る人間は、誰も口を開かない。ブラッドは兎も角として、他の同乗者は喋るという機能がぶっ壊れているかと疑いたくなるほど、沈黙を貫いているのが本当に面白くない。そもそも何故、彼等に従うようにしてヴァル自身も口を閉ざさないといけないのか。そう考えると湧き上がるのはぶつけようのない怒りという感情である。

「……あー……ニコチン、切れそ……」

 本来ならば禁煙すべきだと言う事はわかっているのだが、どうしても辞める事の出来ない嗜好品が、今とても恋しいと。解消出来ない苛立ちを摂取できない不健康な煙のせいにして舌打ちを零した時だった。

「見ろよ」

 今まで沈黙を守っていたブラッドが急に口を開き、外を見る様に促してきた。

「そろそろ見えてきたようだぜ」

 ブラッドの声に顔を上げると、進行方向に見えて来たのは巨大な施設へと繋がるゲートの一部。彼の言った通り、どうやら目的地は直ぐ其処まで迫っているようだ。

 いつの間にか、地形は凹凸のある砂利道から平坦な岩砂漠へ。タイヤが暴れなくなった分、身体に伝わる振動は大分収まってきた。その代わり、容赦無く降り注ぐ紫外線が思った以上に皮膚を刺激し、感じたくもない痛みを植え付けてくる。それを緩和させる緑なんてものは当然無く、そのせいで地面が熱を持つせいだろうか。体感する気温が思った以上に暑くて汗が自然と噴き出し不快指数が上がっていく。

「彼処だな」

 見えてきた建物は、想像以上に巨大な物で驚いた。この手の施設には何度か仕事で赴いたことはあるが、今回の派遣先は今までと規模が違い過ぎる。収容可能人数や図面に表記された縮尺をきちんと確認しなかったことを後悔してももう遅い。

「そりゃあないぜ、エレナさんよぉ……」

 今ここにあの時に見せられた資料があるのならば、もう一度隅々まで目を通し頭の中に概要を叩き込んだだろう。そうでなければ効率的に仕事をこなす事なんて夢のまた夢。それくらい、面倒臭そうな依頼が、直ぐ目の前に迫っているという事実に、ヴァルは軽く眩暈を覚える。

「はは……はははは……はは……」

 暫くされるがまま揺られていると、トラックは南ゲートと書かれた施設の前で止まる。監視施設から職員が顔を出し、運転手と二、三言葉を交わした後鳴り響くビープ音。ゲートのロック解除されたあと、ゆっくりとフェンスが開き、再びトラックが動き出す。

「あーあ。着いちまった」

 突いたら直ぐ降ろされるかと思いきや、意外なことにトラックは未だ施設内を移動し続けている。舗装されたアスファルトの上は上下左右に身体を揺らされる事が無く快適ではあるが、代わりに放熱が酷く寄り一層暑さが増し喉が渇いてしまう。このままだと全身から水分が抜け出て干涸らびるのではないだろうか。そんなことを考えながらぼんやりと灰色の外壁を眺めていると、有ることに気が付いた。

「……何だ? この、建物……」

 有るはずのものが無いような気がする。先程から感じているその奇妙な違和感の正体は、直ぐに分かる。

「窓が……無い?」

 先程から見える外壁には、窓らしきものが一つも見あたらないのだ。勿論、建物の外周を回り全ての壁をチェックしたわけではないため、一枚も窓がない何て事は無いと思われるのだが、それでも有るはずものが見あたらないのは気味が悪い。

『これは、意図的に消されているって事なのか?』

 トラックは丁度、建物の突き当たりまで来て右に曲がろうとウィンカーを鳴らす。こりゃあいいと外壁へ視線を固定したまま様子を探れば、見えてきた新しい壁にも矢張り窓らしき窓は見あたらなかった。

「どういう事だ?」

 こういう建物は有り得るのだろうか。ヴァルはふとそんなことを考える。

「…………いや。ねぇだろうな」

 法律なんて詳しい訳では無いが、設計時に意図的に全ての窓を塞ぐような構造は、今まで見たことがない。後から塞がれたという可能性は非常に高いにしろ、此処まで徹底的に窓というものが排除されているのは、異常とすら思えて感じる怖気。

「降りろ」

 いつの間にか目的地についたらしい。最悪なドライブはどうやらここまでのようで、完全にトラックが止まったと同時に助手席に乗っていた男が、外に出ろと二人に指示を出した。

「はいはい。言われなくても降りますよ」

 そう言ってひらひらと手を挙げたのはヴァル。

「あ? テメェ、誰に指示してんだよ」

 不機嫌そうに男を睨み付けたのはブラッドだ。

 それぞれが自由の利かない両手足を動かし何とかトラックから抜け出すと、異様に高いテンションで響く声が耳に届いた。

「やあ、やあ。遠いところ、わざわざご足労頂き、嬉しい限りだよ」

 規則正しいリズムで繰り返される渇いた拍手音。何処から現れたのだろうか。目の前には、ハイエナの様な印象を受ける男が、ふてぶてしい態度で二人を歓迎するかのように両手を広げ、挨拶をしている。彼の背後には自分たちの背後に居る人間と同様、服装こそ異なるが武装しているのが分かる職員が数名待機し、この男の指示を待つように立っている状態だ。

「ようこそ、エデンへ! 君たちのことを歓迎するよ」

 そう言ってにこやかに浮かべられた表情に、二人は同時に深い溜息を吐きだした。

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