第31話 甘えモードの綾崎先生②

 「つまんないの」


 綾崎先生は唇を尖らせてつまらなそうな顔をすると、俺の方に顔を乗せてきた。

 完全に甘えモードに入っている。

 あの日、元彼と会ったあの日から、綾崎先生は何故だか時たま俺に甘えてくるようになった。

 それが無邪気な子供みたいで可愛い・・・・・・じゃなかった厄介なのだ。


☆☆☆


「眠い〜」

「じゃあ寝てください」

「でも、まだ木村君と話してたい〜」

「どっちなんですか?」

「眠くなったら寝る。それまでは木村君と話す!」


 勝手に自分でまとめた綾崎先生は子供のように無邪気に笑っていた。

 笑顔は子供のようだが、その体は立派な大人だった。さっきから俺の腕に押し当てているそれは柔らかく豊満だった。

 少し距離を取ろうにもすぐにくっついてくるので俺はもう諦めていた。


「木村君は将来の夢とかあるの?」

「急にまじめな話ですね」

「いいじゃない。気になるんだから!」

「まぁいいですけど……俺の夢は小説編集者ですね。そのために文学の勉強をするために文学部に進もうと思ってます」

「へぇ~。編集者か~。小説が好きなの?」

「まぁそうですね。昔から小説は好きでしたね」

「そうなんだ。今度、私のオススメの小説教えようか?」

「それは教えてほしいかもですね」

「じゃあ、今から取ってくるね!」

「今度って言いましたよね?」

「いいじゃない!今オススメしたいの!」


 言ってることがチグハグだ。

 完全に酔っ払ってるな。

 綾崎先生は本当に取りに行くつもりなのか立ち上がろうとした。

 しかし、うまく立ち上がることができず「きゃぁ!」と声をあげて俺の方に倒れてきた。

(顔が近い・・・・・・)

 綾崎先生と見つめ合う。

 目をとろんとさせた綾崎先生は俺のことをジーッと見つめていた。

(この雰囲気はヤバい)

 そう思って、俺は抜け出そうとしたが、綾崎先生がそれを阻止するように、お腹に座ってきた。


「あ、綾崎さん・・・・・・?」

「逃げちゃ嫌」

「そ、そんなこと言われても・・・・・・」

「嫌なもの嫌なの!」


 なんとかして綾崎先生の気持ちを変えないと、このままではいろいろとヤバい・・・・・・。


「そ、そうだ。本を取りに行くんじゃなかったんですか?」

「そんなことどうでもいい」

「俺は綾崎さんのオススメする本がよ、読みたいな〜」

「明日持ってきてあげるから」


 ダメだ。どいてくれる気はないらしい。

 俺のお腹の上に座っている綾崎先生は顔を胸に近づけた。


「ドキドキしてるね」

「当たり前です!こんな状況、緊張するに決まってます!」

「緊張してるんだ・・・・・・。それって、私を意識してくれてるってこと?」

「・・・・・・」


 綾崎先生のその問いには無言を突き通した。

 さすがにその問いに応えるわけにはいかなかった。


「なんで何も言ってくれないの?」

「そんなの言えるわけないじゃないですか」

「それが答えってこと?」


 何をどう汲み取ったのか分からないが、なぜか綾崎先生は嬉しそうな顔をしていた。

 

「そっか〜。木村君は私のことを好きなのか〜」

「あの、なんでそんな風に・・・・・・」

「嬉しいな〜」

 

 俺の言葉をガン無視で綾崎先生は一人で勝手に話を進めていた。

 こんな状況で意識しない方が無理だろ、と言ってやりたくなったが、これだけ酔っていたら、どうせ明日になったらすっかりと忘れてるだろうからと思い、好き勝手言わせることにした。

 

「私もね。木村君のこと好きだよ」

「はいはい。分かりましたから、そろそろ下りてくれませんか」

「あー。冗談だと思ってるでしょ!絶対に下りてあげないからね!もう、ここで寝ちゃうもんね!」

 

 そう言って綾崎先生はもう一度、俺の胸に顔をくっつけた。

 

「綾崎さん・・・・・・寝てる」

 

 俺の胸に顔をつけたのと同時に綾崎先生は眠りについてしまった。


「まったく、なんなんだこの人・・・・・・自由人かよ」


 人の心を掻き乱すっだけ見出しといて、自分は気持ち良さように爆睡している綾崎先生を見て俺はそう呟いた。

 

☆☆☆

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