第28話 綾崎先生とデート⑤

 俺たちは走った先にあった公園に入りベンチに座った。


☆☆☆


「もう大丈夫ですよ」

「ご、ごめんなさい……」


 綾崎先生はここに来るまでずっと大粒の涙を流してた。

 そんな綾崎先生に俺ができることは背中を摩ってあげることくらいしかできなかった。


「何も言わなくていいですからゆっくり深呼吸しましょう」


 俺の提案に綾崎先生は頷くと、ゆっくりと深呼吸をして心を落ち着かせていく。

 何度か深呼吸を繰り返し、ようやく心が落ち着いたのか俺の方を向いて「もう大丈夫」と呟いた。


「もう大丈夫よ……ありがとう。変なところを見せたわね」


 そう言って、綾崎先生は無理やり微笑んだ。

 そんな綾崎先生に俺はかける言葉が見つからなかった。

 こんな時、どんな言葉をかけてあげるのが正しいのだろうか。

 そう思っていると綾崎先生の方から話し始めた。


「前に言ったじゃない、浮気されて別れたって……」

「はい」

「それがさっきの男なの……」

「はい」

「ほんと、あんなに最低な男に五年間も費やしてきたのかと思うと死にたい気分よ」


 綾崎先生は下唇を噛んで悔しそうな顔をしていた。


「このまま死んじゃおうかしら」

「ダメに決まってます」

「なんで……?私が死んでも悲しんでくれる人は誰もいないのよ」

「悲しむ人ならここにいますよ」

「え?」

「俺は綾崎さんが死んだら悲しみますよ」


 俺は綾崎先生を見つめてそう言った。

 

「どうして?」

「どうしてって……どうしてでしょう。綾崎さんと一緒にいるのが楽しいからですかね」

「私と一緒にいるのが楽しい?ほんとに言ってるの?」

「嘘は言いませんよ」

「そっか……」


 綾崎先生は嬉しそうに微笑んだ。

 今度は無理やりの微笑みではなかった。


「それに、今まで先生と出会った生徒たちさんだってきっと悲しみますよ。大丈夫です。先生には味方がたくさんいますから。もちろん俺も味方ですよ」

「そうね……そうよね。ありがと。なんかちょっとだけ元気出たわ」

「それならよかったです」

 

 こんなことで心の傷がいえるはずもないが、それでも少しだけ元気になった綾崎先生を見てホッとした。

 

「せっかくの楽しかったデートを台無しにしちゃってごめんね」

「大丈夫ですよ。充分楽しかったですから」

「パンケーキ美味しかったわね」

「ですね」

「ねぇ、よかったらまた一緒にパンケーキ食べに行かない?」

「そうですね。行きましょうか。季節ごとに変わるみたいですし」

「全制覇しないとよね!」


 少しづついつもの綾崎先生に戻ってきたみたいだった。

 

「パンケーキ以外にも一緒に行きたいんだけど、ダメ?」

「い、いいですけど……」

「言ったからね!これからいろんなところに付き合ってもらうからね!」

「お手柔らかにお願いします」


 綾崎先生はそっと俺の手に自分の手を重ねてきた。

 まあ、今日くらいはいいか。

 そう思い、俺は綾崎先生の手を握り返した。

 一瞬、驚いた顔をしていたが、綾崎先生は頬をほんのり赤くして嬉しそうに笑った。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る