第27話 綾崎先生とデート④ 『元彼の登場』
カフェ『星空』を後にした俺たちはさらに二駅移動してとある場所にやってきていた。
空はすでにオレンジ色に染まっていた。
「ここは?」
「私の生まれ育った場所」
その町は綾崎先生が生まれ育った場所で、俺たちは学校の前に立っていた。
「そして、ここが恩師と出会った高校。つまり私の出身校だね」
そこは県内でも有数の進学校『A高校』だった。
噂程度でしか聞いたことがないが、何でも頭脳スーパーエリートが通う高校だとか。そこまで詳しくは知らなかった。
「懐かしいな~。もう十二年前か~。ここに通ってたのは」
綾崎先生は校舎を懐かしそうに眺めていた。
そして、どこか寂しそうな顔をしていた。
「もう一度、会いたかったな。会って、私、教師になりましたって言いたかったな。夢をちゃんと叶えましたって言いたかったな。波乱万丈な人生を歩んできたけど
何とか生きてますって言いたかったな」
一度、想いを口に出したら止まらなくなったのか、綾崎先生は次から次へとその恩師への想いを泣きながら語っていた。
「去年までこの母校で働いてましたって言いたかったな。ダメだね。止まらなくなりそう」
「いいんじゃないですか。このさい、すべて吐き出しましょうよ。俺には聞いてあげることしかできないですけど、最後まで付き合いますよ」
「ありがとう。でも、あんまり長居するわけにもいかないから」
この場所に長居したくない理由でもあるのか、綾崎先生は鼻をずぅーっと啜ると、それ以上恩師への想いを言うことはなかった。
その代わり、ただジッと校舎を眺めていた。
しばらく、そうしていると満足したのか、綾崎先生は俺の方を見て力弱く微笑むと「帰りましょうか」と言った。
俺が「そうですね」と頷いて、駅に向かって歩き始めようとしたその瞬間、突然男の人の声が後ろから聞こえてきた。
「あれ?由美じゃん。どうしてこんなところにいんの?」
その声に俺は振りむき、綾崎先生は肩をビクッとさせた。
振り向いた先には紺色スーツ姿のハンサムな男が立っていた。
「もしかして、俺のことまだ諦めきれないとか?相変わらず、由美って強情というか一途だよね。その愛が重すぎて俺に振られたの忘れたのか?」
どうやら、このハンサムな男が数か月前に綾崎先生を振った男らしい。
隣にいる綾崎先生の顔を見ると、下唇を噛んで下を向いていた。
「て、なんだ男連れかよ。もう次の彼氏作ったんだ。あれだけ俺に一途だったのに。俺が浮気してるとも知らずにずっと好きでいてくれたのに。悲しいぜ俺は」
今すぐこの男の顔を殴ってやりたくなった。そのくらい目の前に立っているハンサムな男はムカつく顔をしていた。
「で、なんでここにいんの?まさか、俺とよりを戻したいとか考えてるんじゃんないだろうな?」
「そんなわけないでしょ……」
いつもの綾崎先生はどこに行ったのか、隣に立っている俺ですら聞こえるか聞こえないかくらいの声量でそう言った。
「無理だぜ。俺は来月結婚する予定なんだ。まぁお前が二番目でもいいって言うなら、考えてやらないことも……」
「ふざけないで!誰があんたなんかと!二度と顔も見たくないわ!」
男の方を見ることなく綾崎先生は声を振り絞ってそう言った。
「なんだ、俺のことはもう嫌いになったのか?」
こいつどこまで自意識過剰なんだ。
その男は「二度と顔を見たくない」と言われてもまだ綾崎先生が自分のことを好きだと思っているようだった。
「当たり前でしょ!あんたみたいな男に五年間も費やしてきたかと思うと……思うと……」
せっかく泣き止んでいたのに綾崎先生の目に再び涙が溢れ出ていた。
このままこの男と関わらせるのはまずい気がする。
俺はそう思って綾崎先生の手を取り走り出す。
どこでもいい。とにかく、このクソ野郎が見えなくなるまで走った。
綾崎先生は泣きながらも俺についてきてくれた。
途中振り返ったが、クソ野郎がついてくる気配はなかった。
俺たちは走った先にあった公園に入りベンチに座った。
☆☆☆
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