第22話 峰本さんとデート④ 満員電車

 キィーという音を鳴らして電車が急ブレーキをかけた。


「きゃ!」

「ご、ごめん・・・・・・」

「いえ、大丈夫です。これです・・・・・・あの漫画のシーンみたいです・・・・・・」


 峰本さんが何かを呟いているがそれどころではなかった。

 俺は壁に手をついて、まさに壁ドンを峰本さんにしてしまっていた。

 完全に俺の胸の中に収まってしまった峰本さんとの密着感がやばい。

 電車が揺れるたびに柔らかな感触が・・・・・・。

 それに峰本さんは気がついてない様子。なんだかよく分からないがニコニコと嬉しそうに笑っている。


「峰本さん。もう少し我慢してね」

「・・・・・・」


 どうやら、峰本さんは何かに夢中らしい。俺の言葉が届いていないようだった。

 動くことも離れることもできない満員電車。

(これだから、嫌なんだよ・・・・・・)

 せっかく峰本さんと仲良くなれたと思ったのにこんなことで嫌われたくはないな。

(あれ?なんでそう思ってるんだろう・・・・・・)

 俺はもう誰とも深く関わらないようにするって決めたんじゃないのか。

 それなのに、どうして・・・・・・。


「木村さん・・・・・・木村さん。駅に着きましたよ」

「え、ああ・・・・・・本当だ」


 いつの間にか電車は駅に到着していて、ゾロゾロと電車に乗っていた人が駅のホームに降りていた。

 俺たちもその後に続いて駅のホームに降りた。


「何か考え事ですか?」

「ごめん。なんでもない」

「そうですか」

「それよりも満足した?」

「はい!大満足です!」


 まるで願いが叶った子供のように笑った峰本さん。

 彼女をここまでさせるものが満員電車にあるのだろうか?

 正直、気になって仕方がなかったので聞いてみることにした。


「聞いてもいい?」

「はい」

「なんでそんなに満員電車に乗りたかったの?」

「それはですね・・・・・・」


 少しためを置いて恥ずかしそうに峰本さんは言った。


「ある漫画のシーンで、満員電車の中でヒロインが主人公に壁ドンされるシーンがあるんですけど・・・・・・」

「うん」

「私、そのシーンが好きで・・・・・・」


 そこまで言って恥ずかしくなったのか、峰本さんは顔を真っ赤にして口を閉ざしてしまった。

 まあ、そこまで言われたら何を言いたいかは大体わかるんだけどね。

 つまり、峰本さんはその漫画のシーンを再現したかったわけか。

(あれ?俺、峰本さんに壁ドンしなかったっけ?)

 だから、峰本さんは嬉しそうに笑っていたのか。本当は好きな人にやってもらいたかったんだろうな。


「ごめんな。俺なんかがそのシーンを再現してしまって」

「何言ってるんですか?私は木村さんとそのシーンを再現したかったんですよ?」

「え?」

「というか、木村さんくらいしかやってくれる人いませんし」


 峰本さんは少し照れ臭そうにそう言った。

 俺はこの時思ってしまった。

 どれだけ人と深く関わらないと決意していても、結局は無駄なのだということを・・・・・・。

 人は繋がりを求める生き物だから、人は一人では生きていけないのだから。


「満足しましたし、帰りましょうか」

「それならよかった」

「今日はありがとうございました。楽しかったです」

「お礼になった?」

「はい!その、木村さんさえよければまた・・・・・・デートしませんか?」

「うん。いいよ」

「ありがとうございます!」

「じゃあ、家まで送って行くよ」


 俺たちは駅を後にして、峰本さんを送るために峰本さんの家を目指した。


☆☆☆


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