第7話 ハプニングpart2① 聖女様のお出迎え

 幸いにも翌日は学校が休みだった。

 退院の手続きを終えた俺が病院から出ると、黒のリムジンが止まっていた。

 おそらく後部座席があるであろうその位置に、スーツ姿の執事らしき人が立っていた。

 その執事がリムジンのドアを開けると中から『聖女様』が出てきた。

 峰本由美である。

 何故かその姿は着物だった。

 白を基調とした着物で柄に錦鯉が描かれていた。いかにも高そうな着物である。 

 メイクもしっかりと施しているのか、昨日よりも大人っぽく見えた。


「お待ちしてましたよ。木村さん」

「えっと、これは何事?」


 まるでどこかの社長を迎えに来た若奥さんって感じのシチュエーションに俺は戸立っていた。


「木村さんをお迎えに来たんですよ」

「なんでそんなことを?」

「昨日、言ったじゃないですか。右腕が治るまでお世話をさせていただくと」

「うん。俺はそれに了承したよ。したけど、別にバスぐらい乗れるからね?」


 ほら、この通り左手は動くわけで、切符だってとれるわけで。


「ダメです。それで転んだりしたらどうするんですか?もっと悪化してしまいますよ?」

「峰本さんは俺のお母さんか!」

「違いますけど?」

「うん。知ってるよ」

 

 俺のツッコミを華麗にスルーされてしまった。


「変なこと言ってないで早く乗ってください」


 挙句の果てには変なこと扱い。 

 俺の左手を掴んだ峰本さんにリムジンに乗せられた。


「橋本さん。車を出してください」

「かしこまりました。お嬢様」


 どうやら、執事さんの名前は橋本さんというらしい。

 そんな橋本さんが車を運転して向かう先は俺の家。


「木村さんのお家への道案内をお願いします」

「本当に来るつもりなんだね」

「もちろんです。疑っていらっしゃったのですか?」

「そうじゃないけど、本当にいいの?男とずっと同じ屋根の下にいるってことなんだよ?」


 俺は改めて峰本さんに確認をした。

 峰本さんは何の躊躇もなく頷いた。


「はい。もちろん分かっていますよ。でも、大丈夫です。もし、私に何かあったら、父が黙ってませんから」

「そんなこと言われると、家に入れたくなくなるんだけど……」

「冗談ですよ」


 そう言って峰本さんは口元を手で隠してクスクスと笑った。 

 その笑い方一つとってもお嬢様の品が伺えた。


「安心してください。これは私が決めた事ですから、家族が口を出してくることはありませんので」

「それならいいんだけど……いや、よくはないな」

「どっちなんですか。木村さんは面白い方ですね」

「なんだかバカにされてるような気がする」

「してませんよ。私はずっと木村さんとお話したいと思ってたんです」

「そ、そうなんだ……」

 

 峰本さんにそんなことを言われて俺の心臓はドキっと跳ねた。

 この『聖女様』と話したいと思っている生徒が一体どれだけいることだろうか。

 こうして今、『聖女様』と話しているこの事実に少しだけ優越感を感じてしまっている自分がいた。


「去年からずっと思ってました。まさか、こんな形でお話できるようになるとは、少し予想外でしたけどね」

 

 俺もこの展開は完全に予想外だった。

 峰本さんがそんな風に思っていてくれていたことも予想外だった。

 話そうと思えば、いくらでも話す機会はあった。だが、俺は離そうとしなかった。それは俺が知っているから。 

 永遠なんてものはないということを……。

 峰本さんとの、あの朝の時間は去年で終わるものだと思っていた。だから、話しかけることはなかった。仲良くなってしまえば、離れるのが寂しくなるから、あの時間が名残惜しくなるから。


「結果的には、木村さんが骨折してくれてラッキーでした。こうしてお話できるようになったので」

「なんか、凄いこと言ってないか?」

「あ、今のは聞かなかったことに……」

「できるか!」

「ですよね」


 俺が峰本さんにツッコミを入れると今度は楽しそうに笑ってくれた。

 なるほどな。

 『聖女様』だわ。

 峰本さんの笑顔を見ているだけで、なんだか自然と胸が温かくなってきた。


「道案内しっかりとお願いしますね?」

「あ、ごめん。忘れてた」

 

 俺は自宅までの道のりを橋本さん伝えた。

 橋本さんはバックミラー越しに「かしこまりました」と笑顔で返事をした。


「木村さんのお家に到着するまで、お話でもしていましょうか。そうですね~

。まずは、いつも木村さんが読んでる本の話とかどうですか?」

「あ、俺も峰本さんがいつも何の本を読んでいるのか気になってた」

「じゃあ、決まりですね!」

 

 まずは私から、と峰本さんが最近読んでいるほんの話をしてくれた。

 それから俺たちは俺の家に到着するまで、楽しく読書談義した。

 

☆☆☆


 

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る