第6話 ハプニングpart1② 女神様のお見舞い
峰本さんが帰って病室に一人になり、利き腕もベッドに固定されている俺は眠ることくらいしかやることがなかった。
こんなことなら、峰本さんにカバンの中から本を出してもらっておくんだった。左手は使えるから本を読むくらいのことはできただろう。
「それにしても……」
普段の峰本さんってあんなキャラなんだな。そして、本当に美人だった。あの見た目なら、ファンもできるし、『女神様』と呼ばれていることにも納得だ。普段からあの姿でいればいいのにと思うが、きっと彼女には彼女なりの事情があってあっち(おさげに黒縁メガネ)の姿をしているのだろうなとも思った。
人はだれしも一つや二つのも秘密を抱えているもんだからな。俺も誰にも言っていない秘密があるしな。
「さて、何もすることがないし寝るか」
そう思った矢先、病室の扉がノックされた。
「はーい。誰ですか?」
看護師さんが様子でも見に来たのだろうか。
そう思っていたら「綾崎だけど」と扉の向こうから聞こえてきた。
どうやら、その扉の向こうに綾崎先生がいるらしい。
「中に入ってもいいかな?」
「ど、どうぞ……」
病室の扉が開き、綾崎先生が中に入ってきた。
その手にはフルーツの入ったカゴを持っていた。
「これ、お見舞い」
「すみません。わざわざ」
「いいのよこのくらい。それにしても災難だったわね」
「いえ、俺がいきなり声をかけたのが悪いんで」
事情を知っているのか、綾崎先生はサイドテーブルにカバンとフルーツの入ったカゴを置きながらそう言った。
そういえば、はっきりとは覚えてないが階段から落ちた時綾崎先生の声も聞こえていたような……。
「私もビックリしたわよ。ちょうど職員室から出たら階段の方から大きな音がしたんだもの。何事かと思って見に行ってみたら、倒れてる木村君と泣いてる峰本さんがいたんだから。すぐに何があったか理解したわ。腕以外はなんともなさそうでよかったわね」
「もしかして、先生が救急車を?」
「ええ、私も多少テンパってたから、電話をかけるのが少し遅れちゃったけど、頭とかに異常がなくてよかったわ」
「すみません。いろいろと迷惑をかけて」
「いいのよ。私はあなたたちの担任なんだから、自分のクラスの生徒が困っていたら助けるのは当然でしょ」
「ありがとうございます。おかげで利き腕意外はなんともなさそうです」
「みたいね。さっきお医者さんから話を聞いてきたけど、明日には退院できるって。それからギブスが外れるのは一ヵ月後だって」
「そうですか。分かりました」
ギブスが外れるのは一ヵ月後か。
一ヵ月……。一ヵ月!?
てことは、俺はこれから一ヵ月間、峰本さんと同棲をするってことだよな!?
マジか……。
もう少し早く外れると思っていたが、これは予想以上にマズイことに
なりそうな気がする。
「どうかした?」
「い、いえ……何でもありません」
「そう。ところで、木村君。ご両親は?今って一人暮らしよね。ご両親はどうしているの?」
「両親は……いません」
「え、ごめん。私……」
「いえ、大丈夫です」
綾崎先生は聞いてはいけないもを聞いてしまった、と言った感じの顔をしていた。そんな顔をされるのはもう慣れた。
両親は俺がまだ小学生の頃に亡くなった。両親は世界中を飛び回る研究者だった。ほとんど家にはおらず、俺はずっと母方の祖父母に育てられてきた。だから正直言って、二人のことはあまり覚えていない。悲しくないといえば嘘になるが、両親が亡くなった時も俺は涙を流さなかった。
「無責任なこと言ってごめんなさい」
「大丈夫ですよ。それにほら、これでお相子です。俺もあの時、綾崎先生に無責任なことを言いましたから」
「無責任なこと?木村君が私に?」
覚えていないのか、綾崎先生は首を傾げた。
「え、覚えてないんですか?」
「私、木村君に無責任なことなんて一度も言われたことないよ」
「ほら、俺たちが初めて会った日ですよ?」
「うん。あの日のことは、全部ってわけじゃないけど覚えてる。だけど、そんなこと言われた記憶はないわよ」
俺が『きっとまた素敵な人と出会えますよ』と言ったことを綾崎先生は覚えてないらしい。
「それより、ほんとにごめんね。私、知らなかった。木村君のご両親が亡くなってるなんて。担任失格ね」
「そんなに自分を責めないでください。綾崎先生は転任してきてまだ二日目じゃないですか。生徒一人一人の個人情報まで知ってる方が怖いですよ」
綾崎先生が俺の両親の話をしてから少しだけ病室の空気が暗くなっていた。なので、俺は少しでも空気を明るくさせようと冗談っぽく言った。
「それもそうね」
「なので、気にしないでください」
「次からは気を付けるわ」
「そうしてくれると助かります」
お互いに苦笑いを浮かべると、綾崎先生は立ち上がって「果物食べる?」と俺に聞いてきた。
「そうですね。せっかくなのでもらってもいいですか?」
「リンゴでいい?」
「はい」
綾崎先生は果物ナイフをカバンから取り出して、慣れた手つきでリンゴの皮を剥いていった。
「うさぎちゃんにする?」
「普通のでいいです」
「え~。せっかくだからうさぎちゃんにしようよ~」
「どっちでもいいですよ」
「じゃあ、うさぎちゃんにするね~」
そう言って、綾崎先生は鼻歌を歌いながら、うさぎリンゴを量産していった。
紙皿に可愛らしいうさぎリンゴが並んでいく。
「ほい、出来上がり!」
「おー。見事ですね」
「ね、うさぎちゃんにしてよかったでしょ?」
「そうですね。てか、うさぎリンゴ久しぶりに見ました」
「ちゃんと高級なリンゴを買ってきたから味も保証するよ!」
「え、そうなんですか。ありがとうございます」
俺は綺麗に並べられたうちの一つを左手で取って食べようとした。
「ちょっと待って、私が食べさせてあげる」
そう言って、綾崎先生は俺が手に取ったうさぎリンゴを横取りした。
「自分で食べれますから。左手は使えるんで」
「ダ~メ!こういう時は甘えとくもんだよ!」
「でも……」
「それ以上言い訳が言えないように。こうだ!」
綾崎先生は俺の口にうさぎリンゴを突っ込んできた。
そのまま勢いで、俺はリンゴをシャリっと齧ってしまった。
高級リンゴというだけあって、その味は今までに食べたどのリンゴよりも美味しかった。こんなに蜜がたっぷりのリンゴは初めて食べたかもしれない。
「どう?」
「美味しいです」
「そう。それはよかった。他の果物は退院してからでも食べてね。一応、他のやつも全部高級品だから」
「え、そうなんですか。結構高かったんじゃ……」
「いいの、いいの。お金ことは気にしないで、こんなんで返せないくらいのものを私は木村君にもらったから」
「俺、何か綾崎先生に上げましたっけ?」
「うん。くれたよ。何かは言わなきけどね」
「何なんですかそれ、気になるんですけど……」
「秘密だよ!今はまだね」
そう言って綾崎先生は俺にウインクをした。
こんな女神級のウインクをされたら、惚れるんだろうな。
まぁ、俺じゃなかったらだけど……。
綾崎先生が剥いてくれた高級リンゴを食べながら雑談をしていると、面会時間が終わった。
「じゃあ、今日は安静にしてるのよ」
「はい。本当にいろいろとありがとうございました。このお礼はまたいつか」
「お礼なんていいから。その代わり、あんまり私のことを心配させないこと。それだけは約束して?」
「は、はい……」
「うん。いい子だ!」
俺の鼻先をツンっと突いた綾崎先生はそのまま病室から出て行った。
最後のは何だったんだ。
あれにはさすがの俺のドキッとした。
しばらく寝れそうになかった俺は窓の外をぼーっと眺めていた。
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