能力

 コンコン


 あれから数か月が経ち、誰かがドアをノックした。誰かというか、職員以外の何物でもないが。


 俺たちはついにその日が来たかもしれないと、合図し合った。



 その予想は当たっていて、健康診断だった。

 職員は前回同様、書類を取り出して俺たちに変わったことがないかを聞いて行く。


 その間に木葉留が透視の能力を使って能力を見る。木葉留によると、距離があると時間がかかるらしいから俺たち二人は少し考えるふりをする。


 伸ばせるだけ伸ばして、木葉留の番まで回した。


 そして何事もなく健康診断は終わった。



「どうだった? 木葉留」

「一応、見えた。璃杏は炎生成か物質変化だった」

「へぇ……だから床が空いたのか……」


 今は訳も分からず戻っているけど、物質を変化させることができるなら、あの日起きたことも説明がつく。


「それで? 私は?」

「紫音は……なんか、頭脳って書いてあった」

「頭脳?」

「うん。それ以外はなんも」

「えー?」


 紫音は少し不服そうだった。


「まあ、紫音はめっちゃ頭いいってことだろ? 俺たちよりも役に立つかもよ?」

「そう……かもね」


「じゃあ、そろそろ?」

「うん。そろそろ考え始めないといけない。僕たちの気付かれるのも時間の問題だと思う。特に僕は、変化があるような能力じゃないだろうし」

「一番危ないのは紫音だろうね。とっとと逃げよう」



 そして俺たちはこの前の手紙を見た。それに同封されていた逃げ道には、注意するところも多少なら書かれていた。さらに、今の俺たちじゃ調べられないようなことも書いてあった。


 わざわざ別のルートを探すのも難しいだろうし、これ通り行ってみる他ないと思った。


「どうする? これ通り行く?」

「そうするしかないでしょ。僕はこれで行きたい」

「木葉留は?」

「俺は……俺も、それでいいよ」

「じゃあ、紫音頼んだ」

「結局僕なんだね」

「だって、頭脳だろ?」

「まあ……ね?」


 そのあと、ルートとかについて詳しく話し合った。主に紫音が考えていただけといえばそうだけど。


 それで、一つ考えなきゃいけないことがあった。それは、警備エリアをどうくぐり抜けるか。


「多分、それなりに、いや、殺すつもりでくると思う。研究が進まないより、研究の実態がバレることの方が困るとは思うから……」

「それって、戦うってこと?」

「かもね」

「でも、俺たち戦えないよ? そういう能力じゃないし……」

「……さあ、どうだか」

「え?」

「璃杏は戦えると思う。能力の使い方次第では」

「その具体的な使い方っていうのは……?」

「それはね、璃杏は物質を変えられるんだよ? 殺される前に変えればいい。多分、警備エリアでは銃が飛び交うと思うから」

「銃……? それって、飛んでくるってこと? すごい速さで?」

「まあ……そんな感じ」

「俺がみんなを守らなきゃならないと」

「そういうこと。具体的には、僕がルートを見て、木葉留が人だったり、部屋の形だったり、そういうのを確認する。それで、璃杏が襲われる前にどうにかする」


 ものすごい不安に襲われた。俺に3人分の命がかかっている。俺がヘマすれば、みんな死ぬ。紫音と木葉留は失敗なんてしないと思うけど、俺は……経験がないわけだし。


「まあ、璃杏も気楽にね。命がかかってるとか思わなくていい。僕たちだって自分で防ぐわけだし」


 紫音はそう言ったけど、そんな気楽になんて……できるわけがない。



 その夜、俺は全然寝れなかった。タブレットで、寝れないときどうしたらいいか調べた。

 そこには『月とか星を見てたそがれてろ』と書かれてた。ここには月や星なんてない。壁しかないから外なんて見たこともない。でも、外の世界には星が沢山あって、それが当然のことなのだろう。


「もうどうしたらいいんだよ……」


「璃杏、寝れないの?」


 木葉留がそう話しかけてきた。木葉留とは同じ部屋だから、聞こえてたか……


「うん……まあ」

「まあ、紫音は紫音にしかできないことがあって、璃杏には璃杏にしかできないことがある。でも、誰かが欠けたら、脱出なんて成功しない。そうだろ?」

「そ、そうだね……ありがと。木葉留」

「うん」


「あのさ」

「なに?」

「外に出れたらさ、三人で、星、見よう?」

「星?」

「月でもいい」

「どんなの?」


 俺はタブレットで月と星の写真を見せた。


「うわぁ……これ、この世のものか?」

「そうみたいだよ」

「絶対見よう。3人で」

「うん」


「実際に見れたらなぁ……絶対綺麗だろうなぁ……」


 木葉留はそんなことを呟きながら、ベッドに戻っていった。


 俺は二段ベッドの上に登ってそのまま眠った。さっきまでの不安が噓みたいだった。

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