ののか

岩田へいきち

ののか


 彼女は、洋服の裾を後ろから無理やり引っ張り、グラウンドの周りに巡らされているコンクリートの段に俺を座らせた。 そして、その隣にくっ着いて座り、しばらく黙っていた。

 女性と隣り合わせにこんなに近いのは何時ぶりだろう。俺は、少しドキドキしていた。そうだ、俺は、彼女の名前を知らない。俺は思い切って名前を尋ねてみた。

「名前は?」

 彼女は、少し照れたように声を出さずに口を可愛く動かしてみせたがなんと言っているのか分からなかった。俺は、首をかしげながら

「うん? 分からない」と応えた。

すると今度は、その白く細い人差し指で自分の小さい手のひらに何か書いた。しかし、またしても俺には分からなかった。 そして、また首をかしげながら

「分からない」と応えた。

 今度は、伝わらないのをかえって楽しんでいるかのように、もう照れずに、俺の右手首を掴んで彼女の方に引き寄せ、手のひらを開かせて、また細く小さい指で名前を書いた。俺は、今時こんな可愛い伝え方をする子がいるんだと心が温かくなると同時に容姿もなんて可愛い彼女なんだと思った。手のひらに書かれた文字はひらがなで

『の の か』


「可愛い名前だね」俺は正直に思った通りそう言った。すると、ののかは、

「そうでもない、 太ってるからブーブーか」と返した。

 なんて可愛いんだ。俺は、今度は、年齢を訊いてみることにした。

「何歳?」

 俺は、ドキドキを抑えながら尋ねた。

ののかは、また照れを思い出したかのように微笑みながら細く小さい指をゆっくり広げて答えた。


「 5才 」


おわり

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ののか 岩田へいきち @iwatahei

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