第50話 凛水・リグレット
「もう私に干渉しないで」
玲香は、そう言って出て行った。
「れいっか!」
ドアに向かって声をかけるも、既に玲香は消えている。
倒れたココアのカップを立てるのも忘れて、私は呆然とした。
『リズ姉って私のこと子ども扱いしてるよね』
その言葉が反響する。
玲香のことを子ども扱いしていたわけじゃない。
それは断言できる。
そう、違うのだ。玲香が子供なのではない。
――子供なのは、私だ。
ずっと自分のことしか頭になかった。私は子供だ。そう気づいてしまった。
あの事件は、あくまで玲香の問題だった。なのに――私は玲香を守らないといけない自分のために、玲香の考え通りにさせなかった。
つまり、玲香を守ったという自分の自己満足のために。
最低だ。
私は三つ子の一番上として、頼れる存在でないといけない。
思いやれる存在でないと。
なのに私は。
私は頭を抱えた。
「……リズさん?大丈夫?」
遠慮がちに声をかけてくる月樹。
それと共に、私は我に返った。
ココアのカップを立ててテーブルを拭き、自分のブラックコーヒーをぐいっと飲み干す。
前髪の隙間から、月樹の目がはっきりと見えた。
そうだ。うじうじ悩んでいる暇はない。玲香に謝ろう。
今頃どこにいるだろう。もう道路に出たのかな。まだ間に合うだろうか。
ベランダを覗き、外を見る。
「あ」
玲香が道路にいるのが見えた。どこに行こうか迷っているみたいだ。
今なら間に合う。私は扉へと走った。
「私、玲香に謝ってくる!」
そう告げる。
月樹はガタッと椅子を鳴らして立ち上がった。
「待って!僕も行く」
私達は、連れ立ってアパートから走り出た。
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「いない……」
私達は道路を見渡した。
私達が道路に出た時、玲香は道路にいなかった。
左右どちらに行ったのかもわからなかったので、それぞれに分かれて探したけれど、月樹も私も見つけられなかった。
玲香に何かあったら……
そう考えると心臓がバクバクする。
その時だった。
「あっ、山中君!!……と、フリーズドライ」
驚いて振り返ると、そこには竹下さんがいた。
こんなところで会うなんて。
「偶然だね、竹下さん」
一応そう言っておく。
「ねぇねぇ、山中君!」
竹下さんは私を無視して月樹に話しかけた。
もう日常茶飯事なので特に気には……しない。
「私、コンビニにお菓子買いに行くんだけど、山中君も来る?」
竹下さんの言葉に、月樹は心から申し訳なさそうな顔になった。
「ごめん、今はちょっと」
竹下さんは肩を落とした。
そこに月樹がすかさず言う。
「あのさ、僕達レイを探してるんだけど……見なかった?」
途端に竹下さんは複雑そうな顔をした。
自分の誘いを断られてほかの女子について聞かれたんだもんな。
「玲香ならうちの家に遊びに来てるけど?」
うちの家……竹下さんちにいるのか!
「竹下さんの家にいるの?!じゃあ今からレイちゃんと話しに竹下さんち行かせてくれない??」
私は居ても立っても居られずそう言った。
竹下さんは戸惑っている。
「きゅ、急になんなんだよ……別に、うーん、いや待てよ、」
そこまで言って竹下さんはちらりと月樹を見た。
「……山中君も玲香に会いたいの?」
「うん」
竹下さんはさらに複雑そうな顔になった。
しばし沈黙が流れる。
「ごめん、やっぱ無理」
私は愕然とした。
せっかく居場所が分かったのに会えないなんて。
なんで無理なんだよ!
「そこをなんとか!」
月樹が私の気持ちを代弁する。
竹下さんは俯いた。
「無理って言ってるの!……あのさ、前から思ってたけど、」
竹下さんは言いにくそうに目をそらした。
「山中君はそんなに玲香が大切なの?」
竹下さんがぼそっと言う。
あぁ……玲香に嫉妬してたのか。
竹下さんは後ろを向き、鼻をすすった。
私だって月樹が好きだった時はあった。
だから、その気持ちは手に取るようにわかる。
私はいたたまれなくなった。
空気を読んでいなさそうな月樹が変に返事する前に、竹下さんの前からいなくなったほうがいい。
でも、会えないなら玲香にどうすれば――
謝罪できない以上、どうにかして私達の気持ちを伝えなきゃ。
考えていると、一つアイデアが浮かんだ。
これなら、玲香に直接会わなくてもいい。
「るき君、もう行こう。レイちゃんの無事が分かったからもういいよ」
「え、でも……」
月樹は不審そうに私を見た。
私は月樹の袖を掴んだ。
「いいから行こう。私にいい考えがある」
私は月樹に真剣な眼差しを向ける。
「わかったよ……」
よし!私は心の中でガッツポーズし、竹下さんのほうを向く。
「竹下さん、教えてくれてありがと。レイちゃんによろしく」
「……」
押し黙る竹下さんを残し、私達は踵を返して歩き出した。
日の長い夏とはいえ、半分ほど沈んだ太陽が私達を照らす。
竹下さんは、私達に負けず劣らず玲香のことを思ってくれている。
そんな彼女が玲香に嫉妬しているのだ。
別に竹下さんが玲香に嫉妬していても、竹下さんが玲香に危害を加えることは心配していない。
竹下さんならそんなことするはずないからだ。
ただ……きっと本人は複雑だろうな。
親友の玲香への気持ちだから、誰にも話せず一人で抱え込んでしまうに違いない。
だからといって、私が竹下さんのことを気遣う義理はない。
私嫌われてるし。
でも、あの元気で気が強い竹下さんが落ち込んでいるところはあまり見たくないな。
早いとこ月樹に玲香のことどう思ってるか聞いておこう。
そして竹下さんに伝えよう。
そんなことを思っていると、月樹が唐突に話し出した。
「ねぇねぇ、さっき言ってたいい考えって何なの?」
そういえばまだ言っていなかったな。まぁいいや。
「まぁそれは目的地についてから言うよ」
「そもそも今どこに向かってるの?」
「そのうち着くよ。ほら、もう見えてる」
私は古びた建物を指さした。
私にとっては行きつけの場所。
「二軒目の候補だったアパート……?」
月樹が不思議そうに言う。
私は丸眼鏡を押し上げ、にまにまと微笑む。
これからすることに対し、ワクワクが止まらない。
玄関についた。
私は慣れた手つきで固いドアを開ける。
ギー……と音がし、現れたのは、漆黒のストリートピアノ。
大好きなそれの前に、私は座る。
「るきあ、一緒にれいっかへ曲を贈ろう」
私はるきあのほうを振り返り、はっきりとそう言った。
紡いだ響き、君の余韻 ~僕らの中学三年間~ 優羽 もち @chihineko
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