第43話 月樹・迷惑
眠れない。
パーテーションで隔てられた向こう側の女子の寝室からは、もう浅い寝息が聞こえてくる。
僕は天井を見つめ、なんだか少し気持ちがよくなくて寝返りを打った。
寝られない理由ははっきりしている。
明日のことが心配だからだ。
れいれいの気持ちを少しでも楽にするためにプレゼントも買った。
僕があいつらに言うべきことも整理できた。
でも僕は本当に明日れいれいを守れるのだろうか。
自信がない。
今日だけまぐれでうまくいったのかも。
明日は向こうにやられてぐしゃぐしゃになるだけかも。
そうしたらただでさえれいれいを心配しているリズさんに、もっと負担がかかってしまう。
それは嫌だ。
僕はタオルケットをぎゅっと握った。
あぁ、やっぱり自分にはできないよ。
今日のことが明日も続くわけがない。僕は無力だから。
怖くて少し寒気がし、体が震える。
不意に、カーテンが開く音がした。
「……るきあ、起きてる?」
同時に囁き声がした。
この声は――
「……リズさん?起きてるよ。どうしたの?」
どうしたんだろう、こんな時間に。
リズさんは夏用のパジャマを着て、僕の就寝スペースに上がり込んできた。
「今日少し昼寝したから眠れないんだけど、私」
足音がだんだん近づいてくる。
僕と同じで寝られないのか。
足音は僕のベッドのすぐ傍でやんだ。
「るきあ、震えてる。大丈夫?」
「……うん、まぁちょっと寒くて」
「そっか。私の分のタオルケットあげようか?」
「別に大丈夫だよ。心配しないで」
リズさんはため息をついて僕のベッドに腰かけた。
「るきあまでれいっかみたいにならないでよ」
リズさんは呟くようにそう言った。
れいれいみたいになるってどういうことだろう。
聞こうと口を開きかけた時――
「ねぇ。もっと正直になってよ。頼ってよ」
突然、リズさんが僕を抱き締めた。
シャンプーの微かな香りがする。
あぁびっくりした……
心臓に悪いからやめてほしい。
なんで急に。いつものリズさんはこんなに大胆じゃない。
家族とはいえ鼓動が速まるのがわかる。
リズさんのパジャマの下から体温が伝わってくる。
次第に体が安らいでいく。
温かいなぁ。
物理的にじゃなく、精神的にも。
……とはいえ、圧倒的に動揺と恥辱心が勝つ。
「きゅ、急にどうしたのリズさん?!」
「あっためてるの!大きい声出したられいっかにばれるよ?」
「恥ずかしいからもう退いてよ」
僕は耐えられなくてそう言った。
でもリズさんは無視し、目をそらした。
リズさんもとても顔が赤い。
これでもかなり勇気を出してこんな行動に至ったんだろうなと想像がつき、退いてと言ったことを少しだけ後悔した。
「退く?嫌だ。るきあが正直になるまで離さない」
「正直?」
正直?さっき震えていたのを寒さのせいにしたことだろうか。
でもそんなこと言ったら迷惑じゃないのか?
このことは僕だけで解決したほうがいいんじゃないのか?
僕まで心配したらリズさんはいっぱいいっぱいになってしまうのでは?
「ごめんだけど、それは言えない。正直にはなれないよ」
「じゃあ一生離さないけど?」
「それは困りますね」
「早く言って。どうせ迷惑かけたくないとかしょうもないこと考えてるでしょ。私は役に立ちたい。私の望みだから迷惑にならない」
そう言って、リズさんは腕に力を込めた。
そんなこと言われても。
言ってしまっていいのか、僕の中で考えがぐるぐると回りだす。
「っていうか、そもそもリズさんに何ができるっていうんだよ」
「……え?」
「リズさんが知ったところで何の役にも立てない。いくらリズさんが知りたいからって、意味ないのに教えるってのも時間の無駄だ。いい加減帰って」
返事がない。
少しだけリズさんの体が離れる。
その顔を僕は見下ろした。
……あ。
その顔を見て、僕はやっとさっきの自分の言葉の意味に気が付いた。
しまった。言い過ぎた。
リズさんは複雑そうな顔で歯を食いしばっていた。
申し訳ない気持ちがこみあげてくる。
「ごめん。そんなつもりじゃ……なかった」
リズさんは僕を無視した。
苦々しい顔で口を開く。
「るきあ。あのね、私にはわかってる。なんであんなに早く帰ってきたか、なんで急にプレゼントを今から買おうと言ったのか、なんでいつもよりハイテンションだったか。全部れいっかの痣と元気さと関係してるんでしょ?」
うっ、鋭い。
やっぱり言うべきだろうか。
リズさんが役に立たないなんていうのは嘘だ。
強い意志を持っているリズさんがいれば、どんなに心強いか。
そうすれば二人力を合わせてれいれいを守れる。
それも事実だ。
「私は何でもする。私が役立たずだってことは知ってるよ。でも少しでも兄弟の役に立ちたい」
リズさんは漆黒の瞳で僕をしっかりと見た。
「だって私、ちゃんとお姉ちゃんでいたいから!役に立たないままの自分は嫌。私は自分のために知らなくちゃいけない。私を救ってよ、るきあ」
僕はその言葉を聞いてはっとした。
リズさんにとって、心配することは迷惑じゃなかったんだ。
むしろ、リズさんは心配していたかったんだ。
だからあんなにれいれいの言動パターンを覚えていて、れいれいの演技を見破れたんだ。
なのに僕は迷惑をかけてはいけないと自分に言い張っていた。
「わかった、ごめん。リズさんがそれを知ることで、リズさんが救われるんだね。言うよ」
リズさんは真剣な顔をして僕から体を離し、少し離れたところにぺたんと座った。
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すべて話し終えると、僕は息を吐いた。
リズさんはずっと無表情で、冷静に僕の話を聞き終えた。
「思っていたよりひどいね。明日は私が始終様子を窺っておくから」
「それだけじゃなくてついてきてくれると助かるんだけど」
「それはだめだよ」
ダメだって?
僕は驚いてリズさんを見た。
「私が行ったらサックスの人たちは、るきあのことを弱いとか卑怯だって言うよ。きっと男子相手なら力じゃなく言葉でチクチク追いやっていくと思うから、少しでも隙を見せちゃダメ。私がいたら隙になっちゃう」
「なるほど」
うーん、たしかにそうだ。
じゃあ僕だけで行くしかないな。
少し自信がないけど、リズさんが見ていてくれるなら少しは安心だ。
「わかった。力の限りを尽くしてれいれいを守るよ」
僕は自分の中で決意を固めた。
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