第42話 凛水・プレゼント

はぁ~~。

家に一人だ。

暇だから近くを散歩していたらおとぎ話に出てくるような可愛らしいカフェを見つけたので、カフェラテを飲んできた。

いつも時間がないからインスタントのブラックコーヒーだけど、たまにはカフェでカフェラテもいいな。

何しろ私は甘いものが大好きだから、コーヒーもブラックコーヒーよりはカフェラテの方が甘くて好きだ。

でもいつまでもカフェラテばかり飲んでたら子供っぽいかなと思って、『ちょっと背伸びして』最近はブラックコーヒーばかり飲んでいる。


ところで今日は里親さんが来ない日だ。

晩ご飯はチンするオムライスで済まそうと思っているし、洗濯も済ませた。やることがない。

ふわぁと欠伸が出る。

ちょっとだけ寝ようかなぁ。


私はソファーから立ち上がり、寝る場所として使っているところとリビングを分けるカーテンを開いた。

自分用のエアーベッドに寝転がる。

一気に疲れが抜けていき、次第にうとうとと眠り始める。

気持ちいい……


「ただいまーー」


……誰?なんだよ、今寝てるのに。


「リズさん!あれ?どこ?」


あーもううるさいなぁ。眠いから黙っててよ。


「あっ見つけた。リズさん、ちょっと出かけない?」


出かける…嫌だぁ…


「リーズーさーん!起きてーー」


体を揺り動かされ、仕方なく眠い目を開ける。


「あぁ……るきあ…おはよ。帰るの早いね」

「今日はちょっと色々あって疲れたからもう帰ってきたんだ」

「そっか、何か用?」


月樹は私を引っ張り起こしながら言った。


「あのさ、今かられいれいのサプライズプレゼント買いにいかない?」


サプライズプレゼント?前に言ってたやつか。

仕方ないなぁ。

まだぼやぼやする頭で私は頷いた。

部屋着を脱ぎ、箪笥から簡単なパーカーワンピースを出してすっぽりとかぶる。


「行こうか」


私たちはアパートのドアを開けた。


--------


「れいれい、どれが気に入ると思う?」


ショッピングモールの女の子向けのグッズ店の大群を前に、月樹は私に問いかけた。


「私あんまり女子っぽいグッズ詳しくないよ」

「うーん、そっか。どうしよう」


二人ため息を吐く。

役に立てなくて申し訳ない。


「とにかく人が多いところに行ってみたらいいんじゃないかな」


月樹は人が群がっている髪留めの店を指さした。

うぅ……人込みは嫌いだ。

でも仕方ない。玲香のためだ。


私たちはその店の方に歩き始めた。


そのとき。


「あれ?そこにいるのは山中君?」


優しげな声が聞こえた。

思わず振り向く。

そこには、眼鏡をかけた優しそうな男の人がいた。


「あ、犬井先輩、こんにちは。先輩は何買いに来たんですか?」


月樹が快活に返事をする。

知り合いだろうか。


「僕は猫矢さんの誕生日プレゼントを探しに来たんだけど。山中君はどうしたの?」

「僕はレイへのプレゼントを……」


犬井先輩は少し悲しそうな納得したような顔になった。


「そっか……。うん、いい考えだと思うよ」


なんでそんなに悲しそうなんだろ。

そう思っていたら、犬井先輩は急ににやりと笑いながら話題を変えた。


「ところで君は誰?もしや山中君の――」

「彼女ではありません、レイちゃんとるき君の友達です。1Aの山脇凛水と申します」


無表情で最低限の自己紹介をし、私は目を逸らした。


「山脇さんね。僕は犬井優光。よろしくね」


犬井先輩がにこっと笑いかけてくる。

コミュニケーション能力高すぎだろ。

優しそうだけどちょっと苦手かも。

私はお店の方に歩いて行こうとした。


「待って、リンス。ねぇ犬井先輩、プレゼント選び手伝ってくれませんか?」

「いいよ。どんなものを買う予定?」

「女の子全般が喜びそうなものならレイも喜ぶかなと思うんですけど……」


月樹ったら余計なことを聞いちゃって。

別に困ってたからいいけど。

犬井先輩はしばらく考えた後、私たちが行こうとしていたお店の方を指さした。


「猫矢さんが『めっちゃほしいねん!今超流行ってるやつやで!』って言ってた髪ゴムとかは?」


髪ゴムか。玲香は髪が長いし、フルートを吹くとき髪が邪魔になるかも。

いいかもしれない。


「僕もそれを買いに来たんだけど、流行りすぎてなかなか手に入らないらしいから玲香ちゃんも喜ぶと思うよ」


犬井先輩が付け加えた。

先輩もそれを買いに来たのか。

すごく流行ってるんだなぁ。


「いいですね。それにしようよ、るき君」

「そうだね!そうしよう。先輩も一緒に行きましょうよ」

「うん。行こうか」


ピンク色のネオンサイン風な看板の前につくと、ものすごい人だかりができていた。店員さんらしきお洒落な女性が「並んでくださーい!」と懸命に叫んでいる。


「うわぁ、すごい人」

「多分ここにいる人はみんなその髪ゴム目当てだよ。並びに行こうか。山中君と山脇さんが先に並んでいいよ」


列の最後尾で、私と月樹が前、犬井先輩が後ろに並ぶ。

前の方に並んでいる人たちは次々に髪ゴムを棚からとっている。

列は思ったよりは早く進んだ。

だんだん人と人の間から例の髪ゴムが見えてきた。

いろいろな柄の三角形が不規則に組み合わさった現代的な感じの本体に、猫の形の何かがついている。


「あの髪ゴム、リンスにも似合いそう」

「そんなことないと思うけど」


なんだか褒められたような気になって顔が赤くなる。

あんなお洒落なゴム、私には似合わないよ。


「僕も山脇さんに似合うと思う。山脇さんも買ったら?」

「いいじゃんいいじゃん。リンス、買おうよ、ねぇ」

「うーん。私が買うって発想なかったな」

「買いなよ」

「うんうん、買ったらいいと思う」

「えー。じゃあ買おうかな」


私があの髪ゴムを……

どんな感じだろう。

少し興味がある。

普段髪を結ばないから髪ゴムなんて1つも持っていない。


まぁ、なんやかんやで私たちが髪ゴムを取る番がきた。

私は自分が髪ゴムを付けるのを想像してうきうきしていた。


「さぁ、買うか」

「うん!」

「そうだね」


全員、棚に目を落とす。

そしてそこにあるゴムの数を見た瞬間、私は自分が買うのを諦めた。


「「あ」」


困り顔で顔を見合わせる月樹と犬井先輩。


「二つしかないね」

「そうですね」


なんで迷うんだよ。私が買わなかったらいい話でしょ。


「え、私買わなくていいよ?」


私は二人を見上げた。


「ダメだよ!せっかく珍しくリンスが自分から何かを買う気になったのに。リンスが髪くくってるとこ見たかったのに……」

「ほしいならそんなすぐに諦めなくてもいいんだよ、山脇さん。僕は別のを買うから、二人で二つ買いなよ」

「いいんですか?犬井先輩」

「いいよ、別に。ほかのでも猫矢さんは喜ぶと思うし」

「ほら。犬井先輩も言ってるんだから買いなよ!」

「そうだよ、山脇さんが買うべきだよ」


なんでそんなに買えって言うんだよ!

月樹と犬井先輩の訴えに押され、私は仕方なく頷いた。

月樹と私が髪ゴムを一つずつ取る。店員さんは「髪ゴム売り切れでーす」と叫んでいた。人々が残念そうに散っていく。

犬井先輩は猫柄のハンカチを選んだようだった。


----------


「たっだいまー!!玲香ちゃんのお出ましだよーっ」


玲香の元気な声が部屋に響く。


「おかえり……って、れいっかどうしたの?」

「ん?なーにがっ?」

「痣がいっぱいできてるじゃん」


玲香は痣だらけだった。

特に足の痣はひどい。

ついにフルートオーディション事件が最悪の事態に陥ったのか?

私は想像してぞっとした。


しかし玲香は『完璧な』笑顔を崩さなかった。


「あー、これ、帰り際にずっこけちゃって。てへへー。ドジな玲香ちゃんだねっ☆」


嘘だ。とてもわかりやすい。

どうしたんだろう。いつも以上に明るい玲香。

絶対何かあったな。

今日学校に行っていた月樹は何か知っているだろうか。

また聞いてみよう。


「あっリズ姉、流行りの髪ゴムつけてるー!」

「ふっふふ、るきあが結んでくれたの」

「えっいいな!私もほし……」


月樹が、ラッピングした例のゴムをさっと玲香の前に出す。


「れいれい、フルートパート合格おめでとう!」


月樹の言葉とタイミングを合わせて、私がクラッカーのひもをひく。

玲香は目を真ん丸にしていた。


「キャーなにこれサプライズ?!ありがとう!リズ姉もるき兄も大好きーー!!」


玲香が抱き着いてくる。

まぁまぁ、と月樹がたしなめて、髪を編み込んでくくってあげていた。

一見平和な日常だ。

でも。


……玲香の明るさの裏が、無性に気になった。

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