第6話 月樹・記憶

「待ってよ、やまわきさぁぁぁん!」


僕の横をすり抜けて走っていく影。


「玲香!もういいじゃん、二人で帰ろうよ!」

「えええ…沙月さつきは山脇さんと帰りたいと思わないの?」

「思わないよ!ほんと、新学期の初日にあんなこと言って私に恥をかかせて…」

「え、恥ずかしかったの?」

「恥ずかしかったよ!誘ったんだから素直にうんって言えばいいのに否定するなんて、誘った方がバカみたいじゃん!」

「ふーん…沙月が一緒に帰りたくないならまぁいいや」


山田さんたち、まだ山脇さんと話すの諦めてなかったのか。

山脇さんは明らかに一人でいたい雰囲気だったけど、山田さんには伝わらなかったのかな。


あ。

僕ははっとした。

……あぁ、それか、もしかして。


嫌な記憶がフラッシュバックする。

長めの前髪が、風にさらさらと零れる。

もしかして、山脇さんもこれからあの頃の僕みたいになっていくのだろうか。


少なくとも山田さんは山脇さんのことを嫌ってはいなさそうだけど――

みんなの様子を思い出す。

体中を襲う悪寒。

いや、きっと大丈夫だよね。

僕はぶんぶんと首を横に振って頭の中の考えを振り払った。

何事もなかったようにすたすたと歩き出す。


同時に後ろから足音がした。


「……山中君?」


決して人を近づけないような漆黒の瞳。


「あ、山脇さん。先に帰ったんじゃなかったの?さっき山田さんが追っかけてたけど」

「帰ってない。捕まりそうだったからそこに隠れてただけ」

「そうだったんだ」


つまり僕は山脇さんのごく近くで変な心配をしていたのか。

ちょっと恥ずかしい。


「山中君、一人?」

「うん、まだちゃんと友達ができなくて」


山脇さんはバッグを肩にかけなおし、僕を見据えて言った。


「え?友達ならいるでしょ」

「一緒に帰るほどの友達はまだいないよ」

「へぇ。山中君は贅沢なんだね」

「贅沢?」

「……うん」


山脇さんも友達がほしいのだろうか。

そのときだった。


「山脇さぁぁぁぁぁん!!!」


結った髪を揺らして猛ダッシュしてくる、一人の女子生徒。


「山田さん!なんでわざわざ学校の方面に来たわけ?」

「私知ってたよ、隠れてたでしょー」


ドヤ顔の山田さんに、ひどく迷惑そうに身をそらす山脇さん。


「わざわざ来ないで」

「沙月に反対されても私は山脇さんと話したかったの」

「あー、もういいもういい。めんどくさい。さよなら」


そう言い残して山脇さんは角の向こうに消えていった。


「行っちゃったね」

「そうだね。もっと話したかったな」

「どうして山田さんはそんなに山脇さんと話したいって言うの?」


山田さんはいたずらっ子のようにニヤっと微笑んだ。


「それは言えない」


春の日差しが僕たちに降り注ぐ。


「もうちょっと仲良くなってから、ねっ」


仲良くなってから、か。

それがどんな形になるか、その時の僕はまだ知らなかった。

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