第7話 玲香・融けない想い
「おはよう、玲香!」
「あ、おはよう!」
昨日と違い新学期が始まって二日目の今日は、教室が賑わいを見せていた。
「山脇さんも。おはよう!」
「…何か用?」
「用じゃないよぉ、挨拶してるだけ」
「ふぅん」
一直線に空を切る飛行機雲が窓の外に浮かび上がる。
「ねー玲香、こっちでお喋りしようよ」
「あ…そうだね、今行くね!」
沙月の呼ぶ声に私は山脇さんのもとを離れた。
「なんであんな奴に構うわけ?」
「あー、まだ昨日のこと根に持ってるの?」
「持ってるよ!てゆーか、あの子感じ悪くて嫌い」
「きっと緊張してるだけだってば」
「そう?うーん…」
首をかしげる沙月。
別に。山脇さんが昔の私に似ているから。それだけだけど―――たとえ沙月が敵になったとしても、私は山脇さんの側にいたい。
「あ、山田さんおはよう」
山中君の声。
今日もかっこいい。
…前髪のない顔も見て見たいな。きっと、もっとかっこいいんだろうな。
「おはよ!」
とりあえず明るく返す。
山中君はふいっと後ろに顔を向けた。
「山脇さんも。おはよう」
山脇さんの口が少しずつ動く。
「…おはよ」
私には挨拶を返してくれなかったのに。嫌われてるのかな。
嫌われて…る…
ぞわりとした。
暗い部屋、飛び交う人々の嘲笑。
あの頃の、記憶。
――ううん、私はもうあの私じゃない。
それに、山脇さんはそんな人じゃない。
そう自分に言い聞かせる。
でも、体から力が抜けてしまったように動けない。
「れーいかっ!なにぼーっとしてるの?」
「え、あぁ、ううん、何もないよ」
「…そう?」
「そ、そうだよ」
沙月が私にぐっと顔を寄せる。
「えー?なんかあるでしょ」
どうしよう。こんなことを沙月なんかに言えるわけがない。
そのときだった。
「…誰にでも聞かれたくないことはあるでしょ。やめたら?そういうの」
静かな水面に波紋が広がるような、
山脇さんだった。
「はぁ?!お前には関係ないでしょ!」
沙月が血相を変えて立ち上がる。
「まぁまぁ、落ち着いて」
山中君がたしなめる。
「もう、何アイツ!私たちが喋ってるのに勝手に入ってきて!」
仕方なく座り込んだ沙月が抑えきれないように吐き出す。
私は内心でほっとしていた。
沙月の問い詰めを逃れられたのもだが…多分、こんな対応をしてくれたということは。
少なくとも嫌われてない。
よかった。
「クールぶっていい子ちゃんみたいに!むかつく!」
「そんなことないって。緊張してるだけだよ」
「緊張してるだけじゃないでしょ絶対!」
「あー…まぁ、サバサバしてるのはしてるよね」
「ほんと、超ドライ!悪い意味で!」
あぁ、この子と話すのは疲れる。
沙月はニヤリと笑った。
「私、山脇さんのいいあだ名思いついちゃった」
ぞわりとした。
あの時の、友達だと信じていたあの子たちの表情にそっくり。
体に充満する煙たい感情。
駄目だ。もうやめてほしい。
「もうやめようよ」
「なんだと思う?ほんと、あの子につけるのにぴったりのあだ名」
「ねぇお願い、やめよう」
「フリーズドライ」
「えっ?」
「ほら、クールぶって凍っちゃってるし、超ドライ。素晴らしいあだ名じゃない?」
「え、沙月すご~!めっちゃそれっぽい」
「確かに!みんな、これからアイツのことフリーズドライって呼ぼうよ」
いつの間にか私を押しのけて集まるクラスメート。
どこ吹く風と窓を見ている山脇さん。
「ね、玲香聞いてる?」
「あ、うん…私ちょっとお手洗い行ってくるね」
もうここにはいられない。
記憶が蓋を破って押し寄せてくる。
私だ…私のせいだ…私が話を合わせるためにサバサバしてるって山脇さんのことを悪く言ってしまったから…
もう何も考えたくない。
私は教室を出た。
行くところもなく階段を駆け上がる。
最上階。くすんだ色のドアを開ける。
一気に視界が開いていく。
ポツンとした人影が目に入る。
「あっ」
私は立ち止まった。
「山中君」
山中君は顔を上げた。
「山田さん…みんなと話してるんじゃなかったの?」
「ううん、もういいんだ。ちょっと疲れたから」
「あるよね、そういうこと」
優しい笑顔。
それでも収まらない記憶。
ふいに頬を伝う一筋の涙。
「ど、どうしたの?」
「いいよ、別に何もない」
私は顔を下に向けた。
「そっちこそなんでここにいるの?わざわざ屋上なんかに…」
山中君は寂しそうに笑った。
「ねぇ…君なら、僕の話を聞いてくれる?」
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