第24話 AL《銀月》

『なっ!ババァ……じゃなかった。ALエーエルが何でここにいるんだよ』


 盛大に焦るクロムの声に慌ててMJもそちらに視線を送ればそのシェルエットはたおやかな鋼鉄の淑女を思わせる機兵の姿があった。しかし、その身が纏うのは鬼女の殺意にも似た怒気。


銀月ぎんげつ。おぬしいつからいた?』


 MJの問いが終わるか終わらないかの一瞬でALはクロムの腕に巻きつけていた鋼鉄の鞭を解くと、瞬時にクロムの両腕と胴を巻きつけ、床に叩きつける。受け身も取れず顔面から叩きつけられたクロムが『ぐへっ』と間抜けな声を出し、コックピットの中のミィも衝撃に「きゃあ」と悲鳴を上げる。

 クロムがガシャンと派手な音を立て倒れた時には繊細な淑女の指がMJの顔を覆っていた。


『誰がババァだって?』


 鋼の淑女の口からどすの利いた低い声が漏れ、麗しい白銀のハイヒールの踵が足元のクロムの頭を踏みつけている。


『落ち着け銀月』


 ALを窘めるMJの声はどこか狼狽えた弱々しいものになっている。放置っておけば自身に注意がいかないものをMJはつい口をはさんでしまった。クロムの方からALの注意はMJの方へ向かう。その細い指からは信じられないような力が発揮され、ミシミシとMJの顔面パーツを締め付ける嫌な音がする。


『だいたい、守護者のあんたが負けるからあたしが出てくる羽目になったんだよ』


『……それは』


 MJが口ごたえすると頭部への締め付けが強まり、緑色のカメラアイがパキリと割れる音がした。


『ぬぉぉ、メインカメラが!』


 メインカメラを潰され悶えるMJを『あんたは黙ってな』と言い捨てるとALは巌のようなMJをこともなく投げ捨てた。投げ飛ばされたMJは床を砕き動かなくなる。動けないわけではなかったが……、触らぬ神もといALに祟りなしとMJはそっと事の成り行きを見守ることにした。


(ババァ、相変わらずおかしいだろう)


 胸中で冷や汗をかいているクロムの方にALの視線が注がれ、踏みつけた足はそのままに鋼鉄の鞭の拘束が解かれる。


『さっさとコックピットハッチを開けな』


『は、はい!!』


 可及的速やかにクロムがコックピットハッチを開くとALの鋼鉄の豊かな胸元より少し上に位置するハッチが開くとミィと大差のない年頃の漆黒のパイロットスーツに身を包み、白髪の髪を三つ編みにしたスカイブルーの瞳の少女が姿を現す。白髪の少女は軽やかにALから降りるとクロムのコックピットに駆け寄り聖母のような笑みを浮かべながらミィに優しく語りかけた。


「驚かせてすまなかったねお嬢ちゃん。こいつに酷いこととかされなかったかい?」


 クロムの方を指さし尋ねる少女の見た目に反した老女のような言葉遣いにミィは目を丸くする。


「え、あ、ちょっと驚いたけど大丈夫です。……酷いことなんて。むしろクロムはあたしの命の恩人です。クロムが見つけてくれなかったら今頃あたしは死んでいました」


「そうかい……」


 小さく微笑む少女の微笑みはどちらに向けてのものだったのか。


「あの悪ガキもちゃんと成長したってことかね」


 少女のため息とともにクロムの頭の上にあったALの足がどけられた。


「さて、あんた達」


 少女の視線が起き上がったクロム、床に這いつくばっているMJ、どうしようと狼狽えるニッケに向かう。少女の言葉を続けるようにALが腰に手を当て機兵達を睥睨する。


『どうしてこうなったのか、特別機ナンバーズ総括、ALアルジェント・ルナに説明してもらおうか』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る