第23話 MJと主《マスター》

 銀のカプセルを前にクロムとキョウコは言葉を失った。


『おい、これって……』


 培養カプセルと言いかけてクロムの口は閉じられる。培養カプセルなら培養液の循環のためにあるはずの給水管と配水管がこのカプセルにはなかった。それはこれに収められているものが生体でないということを暗に示していた。


『カネツグのジイさんは死んだのか……』


 クロムの呟きにキョウコは息をのみ、MJは重苦しく『主の肉体はな』と答えた。


『主の肉体は病に倒れた。しかし、その意思を司る臓器は今も我と共にある。故に我は主と共にある』


 誇らしげに語るMJの姿はキョウコとクロム、そしてカネツグを知らないミィにも痛々しく映った。

 MJのやっていることは遺骨を持ち歩いているのと変わらない。遺骨の主との思い出は共にあるかもしれない。けれど、そこに当人の意思は既になく、それを人は生きているとは言わない。


(──そういう訳か)


 何故、フルパワーでない自身が勝てたのか、そのわけをクロムは納得した。主がいなければ機兵は真の力を出せない。クロムがフルパワーでなかったようにMJもまたフルパワーではなかったのだ。


「伯父様、亡くなっていたのね……」


 悲し気に呟かれたキョウコの言葉にMJは激昂の声を上げる。


『否、断じで否!主は死んでなどいない。今も我と共にある!!』


 自身の言葉が矛盾を孕んでいるのをMJの電脳も理解しているのか、その緑の光を灯す瞳は激しく点滅を繰り返している。MJもまた理解はしていても納得は出来ないのだ。


MJジジィも俺と同じ想いだったのか)


「モリブデンさんもクロムと同じ想いをしてたんだね」


 機内音声にし、クロムにだけ聞こえる様にミィが呟く。『そうだな』と返したクロムの声は悲しみを含んだ穏やかなもの。


『なぁ、MJ』


 呼びかけるクロムの声はこの場の誰もが聞いたことのないほど優し気なものだった。


『今、あんたの主はあんたの声に応えてくれるか?』


『それは……』


 クロムの問いにMJは言い淀む。


『死んだらな……どんなに呼びかけても返ってこないんだよ……』


 ぎゅっと握りしめたクロムの拳がギギギと金属の擦れる音を立てる。


『MJ、俺達の主は死んだ。もうこの世にはいないんだ』


 クロムの言葉にMJは小さく『否、否、否……』と呟き頭を何度も左右に振った。徐々に銀緑だったMJの身体が緑鉄色に黒ずんでいく。

 暫く揺れていたMJの頭がぴたりと止まる。『あぁ』と深く息を吐きだすようにMJの口から声が零れた。


『我はずっと現実から目を逸らしていたのだな。我のやったことは病と最後まで戦い生き抜いた主にたいしての冒涜でしかなかった』


 顔を上げ天井を見つめるMJのツインアイは赤く染まっていた。天井からMJの視線はニッケルもとい、そのパイロットであるキョウコに移る。


『イサカワ少佐殿に頼みがある』


 MJの畏またった口調に思わずニッケルの肩がびくりと跳ね上がった。


「な、何でありましょうか、M・Jモリブデン・ジェネラル殿」


 MJにつられてキョウコも畏まる。


『我はここから離れられぬ故、此れを主の元に還してはくれぬだろうか』


 そう言うとMJはコックピットに収まっていた銀のカプセルをそっと掴むとニッケルの手に握らせた。


「了解しました。キョウコ・イサカワ、責任をもって返還いたします」


 MJから受け取ったカプセルをニッケルは両手で優しく包み込むとキョウコは凛とした声で返した。『宜しく頼む』とニッケルに一礼を返し、MJは視線をクロムに戻すとその姿はいつの間にか青鉄色に戻っていた。


『ヌシ、その姿は……』


 驚きと申し訳なさが混じったような声を出すMJにクロムは寂し気に笑って見せる。


『俺の主はあの人だけだからさ』


 MJは何かを言おうとして止めた。

 己の行為に後悔したかと問われたならMJは後悔はないと答えたであろう。故にクロムに対して謝罪の言葉などない。ならば慰めの言葉かと言われればそんなものをクロムが欲してなどいないのはMJでも理解できた。

 誰もが言葉を紡げず、円柱の間に沈黙が流れる。 

 沈黙を破ったのはクロムの両腕のブレードが展開するジャキーンという音。始まりの巨獣の眠る円柱の前に立ち構えるクロムをMJは止めなかった。掛け声もなく振り下ろされたクロムのブレードは円柱にあたる寸前で金属繊維で束ねられた鞭でからめとられる。


『誰だ!?』


 鞭の先にクロムが視線を送るとそこには満月のように黄金色に輝く瞳にほっそりとした女性的なシェルエットの白銀の鋼鉄の淑女の姿があった。

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