第17話 秘密
中央機兵待機所。ここには巨獣討伐要請を待つ多くの機兵がハンガーに固定されてその時に備えている。そんな鋼鉄の巨人の周りをせわしなく駆け回るのはつなぎ姿の整備士たち。彼らもまた巨獣討伐に赴く機兵達を万全の状態で送り出せるよう尽力していた。
そんな巨大な整備場の一角に
『久しいな、CK、それにNSも』
クロムとニッケルに掛けるMJの声はどこか孫に話しかける祖父のような温かさがあった。それに孫のようにニッケルが応える。
『かお、あわせてあうのはひさしぶりだね』
『ヌシは変わらず細いな』
『MJはやまみたいなまんまだね』
どこか心配するような響きのある様なMJに対してニッケルはコロコロ笑っているかのような声で返す。
MJの視線がニッケルからクロムに向くとすっとクロムは視線を落とし避ける。何も言わないクロムにMJは無言で歩み寄るとその巌のような大きな掌でクロムの頭を撫でた。小言を言われると警戒していたクロムの肩がびくりと震える。
『……怒らないのか?』
恐る恐るクロムが尋ねるとMJは怒らなかった。
『経緯はどうあれ、こうしてユーミルに26機しかいない特別機が10年ぶりに揃った。それは喜ばしいことだ、しかしな……』
そう言い終えると、穏やかな深緑の光を湛えていたMJの瞳がギラリと光る。
『ヌシには説教の一ついや、それでは足りんな。一晩でも足りん』
クロムの頭に置かれていた手がMJの顎の下に添えられた隙にこっそりとクロムは距離を取ろうとしたが、それは失敗に終わる。瞬きする間にニッケルの細い首など簡単にへし折りそうながっしりとした手が既にクロムの首根っこを掴んでいた。
『全く、この悪ガキは変わらんのぅ』
ため息を吐き、『離せー』と喚くクロムを引きずりながらMJは待機所のさらに奥に続く扉へと足を向ける。その隣にはいつの間にかニッケルが嬉しそうに並んで歩いていた。
装飾もなくただ、白色の照明が照らす廊下と扉を5つほど通過した先に待っていたのは暗闇に何かの計器類が放つ光が舞う蛍のように瞬いている空間だった。
『待機所の先にこんなのあったか?』
『ぼくもはじめて』
こてんと首を傾げるニッケルと持つのが面倒になったと途中で解放されたクロムが頭に疑問符を浮かべる。そんな二機に『知らなくてあたりまえじゃ』と声をかけながら空間の中央へとMJが立つとその周りを囲うように足元に光の円が描かれた。
『ヌシらも来い』
光の円の中心で手招きするMJの元にクロムとニッケルが並び立つと静かに光の円は地下へと沈み始めた。
『なっ!!』
「きゃあ」
クロムとミィが同時に驚きの声を上げる。
『動かなければ落ちはせん。大人しくしとれ』
やれやれとMJが呆れ声を零しているうちに光の円は鋼鉄の巨人達を優に飲み込めるほど地中深くを更に地下へと音もなく進んでいた。
闇の中をつき進む光の円。最初こそ驚いていたクロムだったが慣れてくると退屈になってくる。
『なあ、いつになったら着くんだ?』
『もうしばらく待っとれ』
やれやれとため息をつくMJにクロムは尚も尋ねる。
『そういあ、さっきからカネツグのじいちゃんの声が聞こえないけど、じいちゃん元気か?』
カネツグとはMJの敬愛する主であり、クロムの主にとっても頼りになる先輩パイロットでもあった。カネツグは若く才能のあったクロムの主をことのほか気に入り、よく互いの住居に訪れるなど交流も深かった。そのためキョウコとも伯父と姪のような間柄にあった。
「あ、私もカネツグ伯父様に会いたいわ。前にお会いしたのはだいぶ前だから元気なお顔を拝見したいわ」
懐かし気にキョウコも話に乗ってくる。直ぐにカネツグの声が返ってくると思われていたが返ってきたの暫しの沈黙の後のMJの『……あぁ、主なら元気にしておられる』という言葉だった。
(なんだ、この間は……。MJ、何を隠している?)
この奇妙な沈黙にクロムは嫌なものを感じていた。
『おい、MJ──』
問いただそうとかけたクロムの声は停止した円のガゴンという音に遮られる。
『着いたぞ』
MJのこの言葉と共に暗闇にはるか頭上から二筋の光が差しこみ、機兵でも見上げる様な高い天井から伸びる巨大な二つの円柱を照らした。左の円柱は薄緑色の液体に満たされ、その中には目を閉じた黄金色の体毛をもった巨獣の姿。右の柱にはまるで柱に括りつけられたように配管や配線に包まれた金色の機兵の姿。
『これは……』
思わず息をのむクロムに「綺麗……」とただ、その美しさに目を引かれたミィ。
驚きに声を出せないキョウコとニッケル。そんな彼らにMJは重々しく告げた。
『これが始まりの巨獣と機兵だ』
言葉が合図であるかのように闇に覆われていた始祖たちを収めた円柱の間に明かりがともる。
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