第13話 完全復活!

 クロムが捕獲され、ミィが保護されてから早一ヶ月。

 経年劣化と整備不良でボロボロになっていた手足腰は最新のパーツに交換され、持ちうる能力を十全に発揮できる状態へと整えられ、やっとバラバラにされていたクロムの身体が組み上げられた。

 昼前に組み上げられたクロムは整備兵の見守る中、ミィを乗せ戦術AIのふりをして試運転の場をなんとかやり過ごした。

 無事試運転が終わったころには日は沈み、藍色の空には白い月が顔を出していた。

 試運転を終えたクロムを収めた格納庫の灯は整備兵達が去ると落とされ、待機モードのクロムの発光部が放つ赤い光が暗闇の中、炎のように揺らめく。普段は青鉄色の機兵をじっと見つめる防犯カメラの青い光はどういう訳か、今はその灯を落としていた。


 ──半径100m以内に敵性存在及びパイロットを除く人物の存在ナシ──


 探索結果を確認すると同時に暗闇の中クロムは両腕を上げ歓声を上げた。


『イッヤホー!俺、完全復活!!』


 ビシッとクロムがキメポーズを取ると落とされていた照明が煌々と灯り辺りを明るく照らす。


「良かったねクロム」


 臙脂えんじ色のパイロットスーツに身を包んだ腰まである銀髪の少女、ミィが微笑む隣で群青色のパイロットスーツに身を包んだ焦げ茶色のショートボブの髪の女性は眉間にしわを寄せていた。


「今日だけだからね、監視カメラ止めるの。何度もやったら絶対ばれるんだから」


『ありがとな、キョウコ』


 仏頂面の女性、キョウコにクロムは本当に嬉しそうな声で礼を言うとふうとため息を吐きキョウコは少しだけ表情を和らげた。


「そんなに嬉しそうに言われたらこれ以上怒れないじゃないの」


 苦笑を浮かべるキョウコとニコニコ嬉しそうな笑顔を浮かべるミィの前でクロムは少しばかり準備体操のような手足の屈伸を始めたかと思うと、次の瞬間には体操選手顔負けの側転からの前方宙返り、タンと軽やかに着地するとバク転からのバク宙をさらりと披露する。両足を揃え着地すると同時に両腕のブレードを展開させるとクロムは一つ一つの動きを確認しながら剣を走らせる。その動きは剣舞を舞っているように優雅で力強いものだった。


「きれい……」


 クロムの動きにミィが惚けたような声を出すと隣に立つキョウコとその後ろに控えていたニッケルも感嘆の声を上げた。


「機兵ってこんな動きも出来るのね」


『クロムすごーい』


『……俺が凄いわけじゃないさ』


 丁度剣舞が終わり、ブレードを収めたところでクロムはニッケルに苦笑いを返した。


「どういうこと?」


 小首をかしげ尋ねるミィにクロムは新たに腰にマウントされたアサルトライフルを手に持つと格納庫の端に立てかけてある鉄パイプの一つに狙いを定め引き金を引いた。

 ターンと銃声が格納庫に響く。本来なら棒は粉々になっているはずだった。しかし、棒は無傷なままその真下の床が抉れていた。


「わざとよね?」


 キョウコの問いにクロムは首を横に振る。


FCS射撃統制システムがついててこれなんだよ。射撃だけなら俺はそこら辺の機兵以下だ。凄いのは主だよ。俺が射撃はダメなのを分かったら、「近接戦なら絶対当たる」ってとことん戦術AIに教え込んだんだ。それが終わったら今度は自立AIの俺にまで自分でも出来るようになれって叩きこんだんだ。お陰で俺は一人でもここまで動けるって訳さ』


 どこか自虐的な笑みを浮かべているようなクロムの声。


「クロムはすごいよ。ちゃんと教えられたこと出来るようにって練習して出来るようになってるんだもん」


 ミィの激励に『そうだろうか……』と応えるクロムの声は自信のないものだった。そんなクロムを励ますものがもう一機いた。


『クロムすごいよ。ぼくはあんなふうにうごけないもん』


 そう言うニッケルは倒立しようと地面に手をついているが肝心の身体はしゃがみこんだ姿勢で止まっている。


『倒立出来ないのか?』


 え?出来ないの?と素で驚いているような声を出すクロムにキョウコは呆れ顔でため息を吐いた。


「普通出来ないわよ。どんなバランス感覚してるのよ。教えるお父さんも大概だけど、それをやってのけちゃうクロムも大概よ。自信持ちなさい。貴方は特別ナンバーズなんだから」


『そっか……』


 納得しきれていないもののキョウコに返したクロムの声は少しだけ嬉しそうだった。そんなクロムの視界の端に倒立を成功させたニッケルの姿が映りこむ。


『お、出来たじゃん』


『できたよー』


 倒立が出来て褒めるクロムに喜ぶニッケル。微笑ましいのはその一瞬だけだった。バランスを崩し、ニッケルの身体が背面から倒れ始める。「キャー」と悲鳴を上げるミィに表情を硬くするキョウコ。『あわわわ』と狼狽えるニッケルの腰を素早くクロムが支えると背面から倒れこむはずだったニッケルは綺麗なブリッジを描いた。

 ふうと安堵の息をキョウコが吐くと、クロムはニッケルの腰に回していた手を背中に移し起き上がらせる。


「もう、びっくりさせないでよ」


 キョウコの苦情に二機の機兵は片やシュンと小さくなり『ごめん』と謝りもう片方は『悪い悪い』と頭を掻きながらキョウコに謝罪した。


 そんな機兵達のやり取りを眺めつつ、ミィは手に持つ持クロムの携帯端末の画面に視線を落とすと映し出された時刻は既に23時を回っていた。


「早いね、もうこんな時間なんだ」


 ミィの一声でキョウコも端末に視線を落とし、少しばかり驚いたような顔を見せる。


「ホント、もうこんな時間なのね。明日の早朝にはユーミルから迎えの輸送機が来るからそれに遅刻しないようにね」


「はい~」


 キョウコに笑顔を返すミィの頭をキョウコは優しく撫でると「じゃあ、明日」と短くクロムとニッケル別れを告げ、手を振ると倉庫を後にする。その後を「また明日ね」と笑いながら小さく手を振りながらミィが続いた。


 パイロット二人の去った倉庫の照明は落ち、闇が満たす。仄かにクロムとニッケルの発光部が赤と青の光を放つ。騒がしかった倉庫はいつの間にか待機する二機の機兵の控えめなエンジン音だけが響いていた。

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