第11話 二人のパイロット

 バンと勢いよく倉庫の扉が開くと先頭に裸足に白い病衣の銀髪の少女、その後を白い看護服に身を包んだ女性が倉庫になだれ込んでくる。


「ミィちゃん、あなた重傷だったんだからまだ寝てなきゃだめよ!」


 看護師だろうか女性の悲鳴に近い怒鳴り声に呼ばれたミィは


「あたしはもう大丈夫、それよりクロムが心配なの」


 と止まる気配はない。ミィの視界には四肢をもがれ胸部と頭部だけとなり天井から吊り下げられたクロムの姿が飛び込んでくる。おまけにコックピットは開け放たれ、その中には見知らぬ人影まである。ミィの心配が限界値に達するのは明白だった。


「クロム!!」


 クロムのそんな姿にミィの目からとめどなく涙が溢れ、その場に崩れるように座り込む。そんなミィにクロムはあえておどけた調子で声をかけた。


『こんなところで看護師のお姉さんと追いかけっことはミィは元気だなー』


 看護師の重傷という言葉はクロムにも聞こえている。そうなることは予期出来ていたし、本人にも忠告はしていた。それでもミィに怪我を負わせたことにクロムは胸中で罪悪感と申し訳なさを感じていた。


「クロム?ホントにクロムなの?」


『あぁ、俺は俺だ』


 涙でぐちゃぐちゃになりながら尋ねるミィにクロムはゆっくりと優しげな声で答える。


「良かったー。クロムが消されちゃうって聞いたから心配したんだよ。ホントに良かったー」

 

ぐちゃぐちゃに涙に濡れたミィの顔は変わらなかったが、その涙は嬉し涙に代わっていた。


 やっとミィに追いついた看護師の女性が座り込んだミィを抱き立たせて病室に連れて行こうとするのをクロムのコックピットからキョウコが止める。


「すまないが、少しその少女と話がある。後で彼女は部屋に私が送り届ける」


 キョウコが女性に声をかけると看護師の女性は驚き身を震わせると慌ててキョウコに敬礼をした。


「キョウコ・イサカワ少佐でありましたか。了解しました。看護官ミサワ、医務室へ帰還します」


 言い終え、キョウコに一礼するとミサワはくるりと綺麗なターンを決めると倉庫を後にした。


 倉庫の中に残ったのはクロムとキョウコとミィの3人だけとなった。

 器用にクロムのコックピットから降りると、カツカツとアーミーブーツのかかとを鳴らしながらキョウコは座り込むミィの前に来る。それから視線をミィに合わせるためにしゃがみこんだ。


「始めましてミィちゃんで良いのかな?私はキョウコ。キョウコ・イサカワ。あの口の悪いののパイロットの娘よ」


 親指で後ろに吊り下げられているクロムを指さしながら明るく親しみを込めた声でキョウコはミィに話しかけた。話しかけられたミィは先ほどのミサワとの態度の違いに驚き目を白黒させる。


『そっちがキョウコの素だ。さっきのは所謂お仕事モードってやつだ』


 笑うようなクロムの声に安心したのかミィは「そうなんだ」とふにゃりと笑った。


「始めましてキョウコさんで良いのかな?あたしはミィ」


「よろしくね。ミィちゃん」


 そう言うとキョウコは両手でミィの右手を包んだ。包んだ手の感触をキョウコは確かめるように暫くその手は離れなかった。


「ミィちゃん、こうして触れても普通の子と変わらないけど生体兵器フェアリーなんだよね……」


 どこか悲しさを含んだ声がキョウコの口から零れる。俯くキョウコの頭上からどこか呆れたようなクロムの声が降ってきた。


『同じ物質、同じ形で作られていて、意思が通じるならそれで良いじゃないか。人工でも天然でも魚は魚だろ?それと同じなのになんで人間は違うものとして区別したがるんだ?』


 クロムの問いにキョウコは答えられなかった。何故、人は生まれの違いで命の優劣をつけるのかを。


「分からない。でも、私はミィちゃんを普通の人間と同じだと思うし、同じ機兵アウルゲルミルのパイロットだと思う」


『そっか……』


 問いの答えはなかったもののキョウコの言葉にクロムはどこか安心したような声を吐くと、少しばかり気まずそうな声でキョウコに話しかけた。


『実はなキョウコ……。ミィはパイロットじゃないんだ』


「は?」


 クロムの言葉にキョウコは思わず間の抜けた声を上げる。


「パイロットじゃない?ウソでしょ?あれだけ動いてたのに?」


『ウソじゃない。あれで出力は50%も出てなかった』


 驚きのあまりキョウコはその場で固まった。暫くして硬直が解けたキョウコは恐る恐るクロムに尋ねる。


「ちなみに100%だったらどれくらい出来るの?」


『うーん、亡霊ファントム10機出して、30m級ならサシでも行けるかな?』


「信じらんない。やっぱり貴方、お父さんから聞いてた通り化け物だわ」


『俺がというより、乗りこなしてたマスターの方が化け物だよ』


 畏怖の念の籠った眼差しを向けるキョウコにクロムは苦笑いを零した。


特別機ナンバーズはどれも量産機と比べたら化け物だ。キョウコの乗ってるNSニッケルシューターだってそれくらい出来るさ』


 その言葉にキョウコの肩がびくりと震える。


「分かってたんだ。私がNSのパイロットで貴方を撃ったのも……」


『まあな、あんなの撃てるのはNSエヌエスくらいだ。量産機どもの中にキョウコの声はなかったし、あの主の娘だ。特別機ナンバーズに乗ってたって不思議はないさ』


 クロムの声にキョウコを責める様な含みはなく、それ以上に彼女の才を喜んでいる節があった。


「そこまで分かってるなら隠す必要もなかったわね。出ておいでニッケル」


 やれやれとキョウコは肩をすくめると僅かに景色の歪んだ倉庫の空白に向かって声をかけると、何もない空白から現れたのは左右非対称のやや細身の中性的なシェルエットの明銀の機兵アウルゲルミルだった。

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