第7話 過去の英雄は再び

『これからかなり無茶な動きをする。怪我だってする可能性も高い。降りるなら今のうちだぞ』


 少しばかり強張った声質のクロムの警告にミィは決意の籠った眼差しを機内カメラに向けた。


「降りないよ。あたしが頼んだことでもあるんだもん。ちゃんと見届けるよ」


 全く降りる気配のないミィの姿にクロムは嘆息する。


『分かった。ヘルメットをかぶってしっかり操縦桿を握ってろ』


 クロムの指示にミィは頷くとすぐさまシートの脇にあるヘルメットをかぶり、固く操縦桿を握りしめた。ミィの準備が整ったのを確認するとクロムは背中と腰のブースターの出力を上げる。さらに勢いを増したブースターの加速に伴う重圧がミィの全身を襲った。


『大丈夫か?』


 心配げな声で尋ねるクロムにミィは少しばかりひきつった笑顔で「大丈夫」と返した。

 短い二人のやり取りが終わるころには既にクロムのメインカメラはティラノサウルスをねず灰色の体毛で覆ったような二足で立つ巨獣の姿を捕えていた。


 およそ10m級の巨獣1体に対して機兵アウルゲミルは通常3機つく。その後10m刻みで20mなら6機、30mなら12機という具合で増えていく。今まで観測された最大値は60m。その時は24機の特別機ナンバーズが出撃したと記録されていた。

 現在、眼前にいる巨獣は20m級。ほぼ、機兵の倍の大きさだ。この場合機兵6機で対応するのがセオリーであり、対峙している量産機SS400は5体。数的には問題はそこまでではないはずだったが、戦況は傍目に見ても思わしくない。

 既に5機のうちほとんどが片腕を食いちぎられたり、片足をもがれている。そのうちの一機は頭部も失われていた。五体満足なのは赤い角付きの一機のみだった。


『随分なやられようだな』


「喋る暇があるなら、お前も手伝え!」


 背後から掛けられたクロムの機兵達を憐れむ同情のこもった声に角突きは怒号で応えた。


『言われなくても、そのつもりだ!』


 大声で角付きに応えると同時にクロムは一気に巨獣との距離を詰めると展開したブレードでその丸太のように太い右脛を切り裂いていた。ただ一閃。それだけで鋼のように強靭な巨獣のねず灰の体毛が綿毛のように宙を舞い、勢いよく流れ出した鮮血が真紅の雨となって地面を濡らす。


 ぎゃおぉぉぉん


 ビリビリと空気が震えるほどの大音量で巨獣は咆吼をあげると爬虫類特有の縦長の瞳孔の瞳に怒りをこめた眼差しでクロムを睨みつけた。思わず量産機SS400の中のパイロットたちは身を震わせる。クロムの中のミィも「ひっ」と小さな悲鳴をあげ、恐怖に身を震わせた。

 切り裂かれた右脛から鮮血を流しながら巨獣は人間など一口で飲み込めるほどの巨大な咢を開きクロムに襲い掛かる。巨獣の口内には一本一本が鋭いナイフのような歯が並ぶ。噛みつかれれば機兵アウルゲミルであってもただでは済まない。その果てがクロムの周りに転がる量産機SS400達の姿だった。

 バクンとクロムに向かって閉じられた巨獣の咢は空を食む。確かに巨獣はクロムを食んだつもりだった。しかし、青鉄色の機兵の姿は既にそこにはなかった。

 巨獣は頭を巡らせ、機兵を探すと自身の足に向かう青鉄色の機兵を発見する。払おうと前脚を向けると同時に巨獣は左足に激痛を覚えた。

 あの一瞬でクロムは巨獣の左脛を切り裂いていた。両足に傷を負ったことで巨獣の機動力は大幅に削られた。けれど、まだその両足は身体を、尾を支えることが可能だった。


(断ち切りたかったんだが、今の出力じゃこれが限界か)


 可能なら両足を切断し横倒しにしたかったクロムは胸中でぼやいた。


(出来ないことを嘆く暇があったら、出来る最善を尽くせ……だったかな)


 胸中で亡き主の言葉をクロムが反芻していると巨獣の横薙ぎに振られた太い尾がクロムと角付きに迫っていた。

 タンと軽やかに後方に飛び後方宙返りを決め、華麗に着地するクロムに対して、角付きは不格好に転がり何とか巨獣の尻尾をやり過ごしていた。


 うつ伏せに地面に倒れこんだ角付きの内から恨めしげな声が漏れる。


「ふざけるな。これで50%の出力だと。旧型の、その上この10年まともなメンテナンスもしてないのにこれだけの性能なのかよ、特別機ナンバーズってやつは」


 機兵にとってパイロットは本来の力を解き放つ鍵である。パイロットを失ったあの日からクロムは本来の50%の力で追っ手から逃れ、手の届く範囲で人知れず巨獣と戦っていた。


 言って男は頭を振り言い直した。


「違うな。あの時、最強の剣といわれたCK《クロムカイザー》だからか……」


 男は過去の英雄クロムカイザーのいまだ健在な青鉄色の背中を憧れにも似た眼差しで見つめていた。

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