第6話 機兵《アウルゲルミル》の矜持

 視線を感じるのに姿は見えない。クロムの本体に近づくにつれてミィは何者かに見られているという感覚に襲われていた。


「クロム……なんか」


『気づかないふりして、そのまま乗ったらシートベルトを締めろ』


 見られているとミィが言い終える前に光学迷彩で姿を消していたクロムが姿を現すと荷物で倍ほどに膨れ上がったミィの小柄な体を掴みコックピットに押し込んだ。

 コックピットが閉まるのと同時に機兵独特の重い足音が迫ってくる。足音はぐるっとクロムを囲んだところでぴたりと止まった。足音が止まると一見そこには何もないように映るが、僅かに背景が不自然な揺らぎをみせている。


『用があるなら姿を見せたらどうだ?』


 クロムの声に答えたのは中年の男性の声。


「良いだろう。いかにかのCKシーケーであろうとこの包囲網は抜け出せないだろう」


 男が言い終えるとクロムの前の微妙な背景の揺らぎのある所から頭部に赤い角のようなアンテナを付けた灰白色の機兵アウルゲルミルが姿を現した。


『ほぉ、SS400シリーズか。特別機ナンバーズの廉価版の量産機無勢が』


 嘲りを含んだクロムの声に男は冷静なまま返した。


「パイロットの居ないお前ナンバーズなど我ら量産機で十分。今日こそ回収してやる」


『やれるもんなら、やってみろ』


 ジャキンと音をたててCKシーケーの両腕に折りたたまれていたブレードが展開し、銀青の輝きを放つ。それに呼応するかのように灰白の機兵SS400も手にした白銀の槍を構えた。

 互いが一歩を踏み出そうとした時、地面が大きく揺れ、ズシンズシンと地鳴りのような音が機兵達の方すなわち町の方に近づいてきていた。

 今まで光学迷彩で姿を隠していた灰白の機兵SS400達が一斉に姿を現し、パイロット達に告げる。


『巨獣接近。これより特別機ナンバーズ回収任務から、最優先事項、巨獣討伐に向かいます』


 灰白の機兵SS400達の宣言に


「なんだってこんな時に」


「ふざけるな、回収を優先させろ」


「了解した。巨獣討伐モードに切り替えろ」


「え?巨獣きちゃったの?えぇ、どうしよう……」


 と否定するもの肯定するもの慌てるものとパイロット達の言動は様々だったが、灰白の機兵達は既にクロムの方を見ておらず、一様に地鳴りの方を凝視していた。


「えぇい。全機に告ぐ。直ちに巨獣討伐モードに切り替えろ」


 いら立ちをあらわにした怒声が赤い角状のアンテナを持った機体から放たれると、「了解」と角のない機兵達が一斉に応え地鳴りに向かって腰のブースターをふかし疾走を始めた。そんな中、角付きだけがクロムの前に残り言い放った。


「お前も機兵なら逃げ出すなよ。討伐が終わり次第回収してやるからな」


 それだけクロムに向けて言うと角付きの機兵もブースターを吹かすと先を行く灰白の機兵SS400達の後を追った。


 あっという間に小さくなる灰白の機兵の背にクロムは悪態をついた。


『バーカ、こんなチャンスに逃げないやつがあるか』


 灰白の機兵SS400達とは反対方向に歩みを進めようとするクロムにミィはどこか悲し気な声で尋ねた。


「クロムは機兵アウルゲルミルじゃないの?」


 ミィの問いにクロムの踏み出した足が止まる。

 口ではああは言っていたものの、追手がいなければクロムは町に迫る巨獣に向かっていた。しかし、今あの場にいけば恐らく自身は捕らえられ、自立AI今の自分は消されるだろうと。

 そんなクロムの胸中を知らないミィはクロムの触れて欲しくない部分に触れてしまった。


「パイロットがいないから?」


 ビクンとクロムの肩が跳ねる。


「だったら、あたしがクロムのパイロっ……」


 パイロットにとミィが言い終わる前にクロムは今にも泣きだしそうな声で叫んでいた。


『俺のマスターはあの人だけだ。あの人以外を俺は認めない』


 駄々っ子のように頭部を左右に揺らすクロム。そんなことをすればコックピットの中のミィもただでは済まない。強烈な横揺れに胃の中身が逆流するのをミィは必死に耐えた。

 暫くすると落ち着いたのかクロムは動くのを止めた。それから消え入りそうな小さな音量で『ごめん』とミィに謝った。


「あたしもごめんね。クロムの気持ち知らないで勝手なこと言って……」


 俯きそこでミィは口を紡ぐ。「でもね……」口を開き顔を上げ、しっかりクロムの機内カメラを見つめるミィの瞳には決意が込められていた。


「あたしはお世話になったあの町の人たちを守りたい。あたしだけじゃダメなの。クロム力を貸して」


 ミィの真摯な願いは機兵アウルゲルミルであるクロムの存在理由と一致している。機兵アウルゲルミルとしての存在理由に自立AIとしての想いがクロムの中で葛藤していた。


『俺は……』


 俯き赤いツインアイから光が消える。あと一歩が踏み出せないクロムのメモリーにその背を押すかのように在りし日のマスターの姿と音声が映し出された。


「俺の夢はな、娘が大人になって花嫁になってその子供が巨獣に怯えて暮らさない世界にすることでな、そのためにCK、お前アウルゲミルの力が必要なんだ。俺に力を貸してくれないか」


『本機の存在理由が主の夢の実現となるなら本機は喜んで力になります』


 にかっとCKに笑いかける無精ひげをはやしたの男性の笑顔はヒマワリが咲いたように朗らかだった。


 消えていたツイアイに煌々と光が灯ると同時にクロムが吠える。


『俺は巨獣を掃討する特別機ナンバーズが一機、CKクロムカイザー!!これより巨獣を掃討する』


 CKの背中と腰のブースターが同時に青い炎を放つとCKはその身を巨獣の元へと向けた。

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