第5話 さあ、町に繰り出そう

 町から500mほど離れた岩陰でクロムは片膝をつき胸部甲を開きコックピットをあらわにしている。

 中からミィがシートベルトを外し、外に身を乗り出すとさりげなくクロムはコックピットの前に左手を添えた。

 タンと軽快な足取りでミィがクロムの掌に降りると左手は静かに地面に下され、彼女が地面に降り立つのを確認するとクロムの胸部装甲はガシャリと音を立てて閉じた。


『端末は忘れてないな?』


「勿論!」


 クロムの確認にミィはまだ殆どふくらみのない薄い胸を張って答える。そんな彼女のパイロットスーツの胸ポケットには掌に収まるほどの金属色の板状の端末があった。その画面が仄かに輝きクロムの声はそこから発せられている。


『買い物をする時は?』


「この端末でお願いします」


『知らない人には?』


「付いていかない」


『何かをくれるという人がいたら?』


「お店の人ならありがとう。知らない人ならお断りします」


『良し!行ってこい』


「行ってきます」


 クロムの許可が下りるとミィは満面の笑みを浮かべながら軽快な足取りで町に向かって走り出した。

 肉眼でミィの姿が見えなくなったころ、残されたクロムの姿がすっと風景に溶けて消えた。




 ミィの視界に広がる町の風景は機兵アウルゲルミルという、機械起動兵器を生み出せる技術力がありながら、町に建ち並ぶ建造物の多くはコンクリートと木材で作られたものがほとんどだった。町のメイン通りを行きかうのは多くの徒歩の人間。走る車の姿は数えるほどしかない。

 それも仕方のないこと。機兵アウルゲルミルが生まれたのは約半世紀前のある日、突如として人類文明に襲い掛かった巨獣と戦うためだった。戦う術を得るまでに多くの文明が巨獣によって瀕死となり、なんとか生き残れたものの文明の回復には時間が必要だった。機兵アウルゲルミルが生み出されたことで徐々に文明は回復しだし、ようやく現在の状況となった。

 一つ、例外があるとすれば機兵を生み出し、巨獣を率先して倒す組織ユーミル。のちに巨獣掃討国家ユーミル。この国家だけは文明の歩みを止めずいまだに進化を続けていた。その結果に生み出され、破棄されたのがミィ達、生体兵器フェアリーだった。


「ほえ~。これが町か」


 町の歴史など初めて町を見るミィには関係ないこと。素直に感嘆の声を上げるミィに


『あんまり、はしゃぎすぎるなよ』


 と携帯端末からクロムがくぎを刺す。


「そこまでお子様じゃないよ、あたし」


『十分、ガキだろが』


 半ば呆れたような声を出すクロムにミィはぶーと唇を突き出し不貞腐れた。


「お嬢ちゃん、せっかくの可愛い顔がそんな顔したらもったいないよ」


 不貞腐れるミィに声をかけたのは人のよさそうな笑みを浮べたパン屋の女主人だった。


 店頭には綺麗なきつね色に焼けた美味しそうなパンが何種類も並ぶ。そのうちの一つをパン屋の女主人は手に取るとミィの手に握らせた。


「うちの自慢のクリームパンだ。食べてくれ」


 笑顔の女主人にミィも「ありがとう」と礼を言い弾ける様な笑顔を返した。もきゅもきゅと小動物が餌を食むように美味しそうにクリームパンを頬張る。そんなミィを店主とこっそりクロムも端末のカメラから微笑ましく眺めていた。


「ごちそうさまでした。ねぇ、お姉さん、これと同じのを何個かと保存が効くのが欲しいんだけど」


 きちんと挨拶をすませミィは店主に追加の注文を頼んだ。

 パン屋の女主人は見た感じ中年の女性。それにはきちんとお姉さんと言うのに俺にはオジサンかよと一人、端末の内で機兵クロムは拗ねた。


 ミィの注文に女主人は嬉しそうに「毎度あり」と言うと支払い端末を取り出す。支払い端末にミィの持つ携帯端末をかざすと、ピっと小さく電子音が鳴り決済が完了した。支払いを確認した女主人は一旦奥に引き、戻ってくる時には両手で抱えるほどの紙袋一杯にパンを詰めて現れた。


「えぇ、そんなに?」


 驚くミィに女主人は笑いながら感謝を述べた。


「お嬢ちゃん、そのパイロットスーツ、機兵アウルゲルミルのだろ?いつも町を守ってくれてありがとうね。これは感謝の気持ちだよ」


 この言葉にミィは本当のことを言うか迷っていると、小さめの音量で


『はい、頑張りますって言っておけ』


 と端末からクロムの声が流れた。


「はい、頑張ります」


 ぎこちない笑みを浮かべながら結局、ミィはクロムの言うとおりに応えた。袋一杯のパンを受け取り、パン屋を後にするミィの背中に「頑張りなよ」と店主の声援が投げかけられた。


 その後もミィは立ち寄った店で熱烈な歓迎を受け、気づけば荷物は両手と新たに背負ったリュックサックに大量に詰められている。


「こんなにしてもらって良いのかなぁ……」


 事実と違う賞賛に戸惑うミィに少しだけ誇らしそうな声でクロムが言った。


『それだけ俺達が巨獣から人類を守ってきたってことだからなぁ』


「でも、あたしはまだ何もしてないよ」


『まぁな。ミィはまあ、俺達の成した偉功のおまけってことだ』


 言って笑うクロムに「どーせ、あたしはおまけですよぉ」と頬を膨らませながらも買い物を終えたミィの足はしっかりクロムの本体のある岩陰へと向かっていた。

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