第6話 再会

 家の方から痩せた男の人が駆けてくる。

 服は僕が村に居た時ぐらいボロボロで、頭には白いものが目立つ。まだ距離が100メートル以上あるから表情まではしっかり分からないけれど――何せ僕は、右目ひとつで世界を見ている――その声には、懐かしいものを感じた。


 男の後をレンファが追おうと駆け出したけど、すぐにセラス母さんに「ダメ!」って抱き留められていて、僕は胸を撫でおろした。レンファにもしものことがあったら、すごく困る。

 僕は少しずつ近付いてくる男の気配を感じながら、御者席に座ったまま固まっているゴードン父さんをじっとりと見上げた。


「――もしかして、僕に何か言うことがある?」


 問いかけると、父さんはビクリと肩を揺らした。「ン!?」って声は裏返っているし、いつも腫れぼったい目はこれでもかと見開かれていて、可哀相なくらい泳いでいる。


 、一体いつからこの森を訪ねているんだろう?

 僕を――僕の白い頭を見た途端に「アルだ」って判断して駆けてくるくらいだから、きっと用があるのは魔女にじゃなくて、僕にだ。

 父さんが大慌てで街に引き返そうとしたのは、もしかして僕があの人たちと再会すると何か困ることがあるから?


 すぐさまそんな行動をとれるってことは、きっと彼らが僕を訪ねてくるのはこれが初めてじゃない――それも、一度や二度じゃないってことだ。

 僕は何も教えられてないけど、きっと父さんや母さんやレンファは、彼らを相手するのに慣れている。僕はたぶん、ずっと前から皆に守られていたんだ。


 ――今更、僕になんの用があるのかな。

 僕は魔女の生贄だから、万が一にも村に戻ってこられると困るって話だったはずだ。僕のせいで呪われたくないし、魔女の反感も買いたくないって。

 それなのに、わざわざ会いに来る意味が分からない。

 まさか、今になって「村に戻って来て欲しい」なんて言われる訳がないし――だからと言って、僕に何か価値があるとも思えない。


 だって、あの人たちの中で僕は呪われた化け物で、村のゴミクズで、魔女のイケニエで。もうこれ以上、僕から奪えるようなものはないはずだ。

 今僕が幸せで仕方がない話なんて、閉鎖的なカウベリー村まで伝わるはずもない。それなりにお金をもっていることも、新しい家族を持っていることさえも――きっと、僕なんてとっくに死んだものとして扱っていると思っていたのにな。


 すぐ目の前までやって来た父さん人は、ひどくやつれている。

 この人、こんな顔をしていたっけ? 背だってもっと大きかったような気がするけれど、もしかすると僕の方が高いかも知れない。

 全身汚れていて顔は青白いし、目の下には濃い色のクマ。体は細いし、何かの病気か、それともご飯が満足に食べられていない?


「――アル、アレクシス! 生きていたんだな、やっぱりあの魔女は俺たちに嘘をついていたんだ!! 生贄はもう死んだなんて騙しやがって、こっちは時間に猶予がないっていうのに!」


 男は物凄い剣幕で僕に詰め寄ると、骨の浮いた両手で僕の肩をガシリと掴んだ。僕はどう反応して良いものか分からなくて、ただ「こんにちは」って薄く笑うしかなかった。

 するとすぐさまゴードン父さんが御者席から飛び降りて「俺の息子に触るな!」って言いながら男の腕を払う。

 男は忌々しそうに父さんを見上げて、首を横に振った。


「何度も言うが、アルは――アレクシスは俺の息子だぞ!? 他人は黙っていろ、息子と話をさせてくれ! それの何が悪いんだ!?」

「どの口で「息子だ」なんて! 言っておくがな、アレクの戸籍は俺の養子として登録されているんだぞ? 今更権利を主張したって遅い!」


 何が目的なのか分からないけれど、男の状態は普通じゃないみたいだ。僕は父さんの腕をポンポン叩いて落ち着かせて、首を傾げる。


「僕に話って何? ……何度も森を訪ねたの? どうして?」


 問いかけると、男は喜色ばんだ。話を聞いてもらえる、こっちの要望が叶うぞって、それだけで嬉しくなっちゃったのかな。

 きっと僕はどんな言うことでも聞くと信じて疑わないんだろう。


 ――自分で言うのもなんだけど、今の僕ってば格好いいからモテる。昔レンファに「辛いなら誤魔化せば良い」って言われた時の強がりじゃなくて、本当にモテちゃうんだ。

 痩せウサギから成長して肉がついて、傷跡もだいぶ薄くなった。背はぴたりと止まっちゃったけど、まあ低すぎるって訳でもないし――何より性格が人気で困る。

 いや、本当だよ?


 僕がレンファ一筋で毎日欠かさず花を贈るのが、街の女の子の間で噂になっているんだ。だいたい「結婚するならアレクシスみたいなのが良い」って言われるんだから!

 嘘でも強がりでも、妄想でもないからね!


 ――でも、瘦せウサギの面影が消えてモテウサギになった僕を見ても、この人は何も言わないんだな。

 大きくなったな、元気だったか、格好良くなったな、ケガは良くなったのか、幸せか――あの時は悪かった、とか。

 普通の親なら、姿が変わった僕を見て何か言うことがあると思うのに。


 結局この人の中で僕は、白髪で赤目の呪われた化け物のままだ。それってなんだか、すごく――安心する? うん、安心しちゃってるな、僕。


「アル、お前はジェフリーの兄さんだろ? 例え家や村から放逐したのが俺や母さんだったとしても、弟のことは可愛いよな? だってジェフリーはお前に何もしてないだろ? な?」

「ああ、まあ……何もしていないと言えば、そうなのかな」


 弟だったジェフリーは、ある時から僕を居ない者として扱った。無視しないと周りから浮く、僕と仲良くすれば、親にも友達にも「呪われるぞ」って怒られるから。

 まあ、その割には皆と一緒になって石やらなんやら投げつけてくれたことはあるけれど――でもソレをしないと、ジェフリーまで逆三角形の一番下になっていただろうし。


 とんでもなく弱い、ひどい裏切り者だとは思っている。でも、何かしてやろうとまでは思っていない。あと、とても〝可愛い〟なんて感情は抱いていない。


「見ろ、ここまで一緒に来ている。もう母さんが支えてやらないと1人で満足に動けない――病気なんだ、治すのに薬が要る」

「へえ……そうなんだ、じゃあまた『魔女の秘薬』の出番だね。今度はどんなゴミクズを持ってきたの?」


 男が指差したのは、僕らの家の前だ。

 母さんとレンファに向かって、何か喚いている女の人と――その手で背中と腕を支えられて立つ、小さくて細い人。

 ジェフリーって何歳だったかな? よく覚えてないけど、僕がこれだけ大人の身体に近付いたのに、ジェフリーはまるで昔の僕ぐらい小柄だった。


 ゴミクズを持って来てもレンファが『魔女の秘薬』を渡さないのは、もしかして僕を捨てた人たちだから? ――いや、そんな理由で人助けを断って欲しくないし、きっと断らないだろうな。

 となると、秘薬じゃどうにもならないような病気だから、なのかも。


 秘薬は万病に効く薬なんかじゃない、本当にただの薬だ。頭痛薬とか痛み止めとか、腹痛が収まるとか、そういうものだ。

 酷い病気を治すには、街の大きな病院でなんとかしてもらうしかない。


 ――でもこの人たちは街を怖がるから、病院へ行きたがらない?

 きっと、秘薬ならどんな病気でも治せると信じているんだろう。それをいつまで経ってもレンファが出さないから「隠された」なんて思い込んでいるのかも知れない。

 この人のお願いは、僕に魔女の仲介をしろってことかな? だとしたら無駄だ、。治らない秘薬を渡したって、何度も森へ来るハメになるだけだから。


 それは少し面倒だし、いつかこの人たちが逆上して、僕の家族に何かされるかもと思ったら――すごく怖い。

 漠然と嫌だな、怖いなって思っていると、ガリガリの男が「そうじゃない」って首を横に振った。


「村の薬師の婆さん――覚えているか? あの人が、ジェフリーを治す方法を教えてくれたんだ。「どうして今更そんなことを言うんだ」と思ったが、あの子が治るなら俺たちはなんだってするさ……可愛い息子なんだ、分かるだろう?」

「そうなんだ……それは良いことだね」

「――だからな、アル。どこでも良いんだ、少しで良いからお前の――アルビノのをくれ、それをジェフリーに食べさせるんだ」


 思ってもみなかったことを言われて、僕は「え?」って思いきり首を傾げた。

 それと同時にゴードン父さんが「いい加減にしろ!」って男に掴みかかったけど、僕はしばらく動けなかった。

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