第5話 時は過ぎて

 何度も何度も季節が巡って、あれだけ伸びていた僕の身長は、ぴたりと成長を止めてしまった。

 試しに街医者のところで測ったら、175センチだってさ。父さんは2メートル超えているのに、僕はそこまで大きくなれなかったよ。

 栄養失調の時期があった割には伸びた方だって褒められたけど、もっと高くなりたかったな。


 体が大人に近付いてもクマには程遠くて、顔はいまだに「パッと見は人畜無害そうなウサギ」なんて言われている。すごく不本意だ。

 やっぱりレンファが言った通り、将来クマみたいになる人っていうのは、子供の頃からちゃんとクマなんだよ。


「アレク、それが終わったら教えてくれ。墓参りしてから家に帰ろう」

「んー、分かった。あと少しだけ待ってー」


 僕は最近、父さんの実家の商会で帳簿付けの仕事を手伝うようになった。ただ臨時職員ってヤツだから常勤じゃないし、給料も安い。

 でもまあ、魔男だけでは生きていけないからなあ――お金がないと何もできないしさ。せっかく母さんから字と計算を習ったし、有効活用しなくちゃ。


 正直、生活については父さんが貯め込んだ財産に依存しているから、まだしばらくは余裕かな~なんて思っている。

 こんなことを堂々と言ったら「お前は母さんと違って街に後ろめたい思いがないんだから、真面目に働け」って怒られそうだから、黙っているけどさ。

 冬の間は森の草花が少ないし、街で買わなきゃキレイな指輪がつくれないんだよね。

 指輪――花代まで父さん任せだと、なんか格好つかないでしょう?


「――父さん、終わったよ。お供えの花とレンファの指輪にする花を買ってからでも良いかな?」

「もちろん」


 机の上を片付けて、出来上がった帳簿を職員に渡す。そうして周りの人に挨拶してから、父さんと肩を並べて商会から出て行く。

 父さんのお父さんお母さん――僕の爺ちゃん婆ちゃんは、4年前の冬と3年前の夏に死んじゃった。

 いつも元気いっぱいだったのに、僕が養子になった時にはもう90歳ぐらいだったらしいんだ。どっちも家で静かに、まるで眠るように死んでいたらしい。


 父さんは「死ぬ前に孫を見せられて本当に良かった。両親も俺も幸せだ。例え作り話だったとしても、少なくとも2人の中でアレクとレンファはだった」って、満ち足りた顔をしていた。

 先祖代々のお墓は街にあって、それを森へ引っ越すのはなんだか違う感じがしたから、そのままにしてある。

 父さんは仕事を別の人に引き継いで、森で木こりと猟師でもしようかな? なんて話していたけど――引継ぎの途中で商会のトップが居なくなっちゃったから、とりあえず血の繋がった父さんが繰り上がるしかなかったんだよ。


 森の〝番人の家〟は父さんのお陰で3倍ぐらい大きくなって、一応家族皆で暮らしている。

 でも、父さんは仕事で毎日街へ行かないといけないし、他に周りの目を気にせず自由に動けるのは僕だけだから、一緒について行って小遣い稼ぎに働かせてもらっている感じかな。


「いらっしゃいま――アレクくん!!」

「こんにちは、ルピナ。お墓に供える花が欲しいのと――あと、今日はどんな花がある?」


 薬局の看板娘だったルピナは、垂れ目なタヌキ顔のまま大きくなった。

 体は女性らしくふっくらしてて、顔も丸っこくて優しい感じ。ルピナママそっくりのストレートの茶髪は、いつもサラサラのツヤツヤだ。

 こんなに可愛いのに男を見る目がなくて、先月できた彼氏とは5日で別れていた。可哀相に。


 ルピナはずっと薬局で家の手伝いをしていたんだけど、2年前いきなり「こんな黒歴史だらけの薬局で働けるもんですか!」って泣きながら飛び出して、気付いたら街の花屋さんになっていたんだ。

 まあ、本当に小さい頃から薬局でと頑張ってきたみたいだし――気持ちは分からなくないかも知れないな。


 だって、常連さんに良いところも悪いところも全部見られているんだもん。そりゃあ、大人になって色んなことが分かるようになってくると、段々ンググッて気持ちにさせられるよね。僕もそういうの多いから、よく分かる。


 しかも、思春期だか反抗期だかいうのを拗らせていて、ルピナパパと少し疎遠になっているらしい。

 早く仲直りできると良いけど、母さんが言うには「こればかりは時期を過ぎるまでどうにもならない」だってさ。


「今朝入荷したばかりなのは、パンジーやビオラかなあ……どうせあのギツネ用でしょう?」

「そう、僕のキツネさんにあげるんだ」

「――キッ」


 ルピナが思い切り顔を顰めておかしな声を上げると、僕の隣で父さんが「ケッ、なら分かるけど、キッてなんだ」って呆れ顔になった。


 うーん、パンジーとビオラか。どっちも見た目が似ている。ビオラの方が小さいけど花弁が多いから、指輪にしやすいし豪華かも。

 あまり花弁が大きいと指輪にしづらいし、レンファが「ビンに入れた時に不格好ですよね? もっとバランスを考えて下さい」って文句を言うから困る。


 あの子、すごくバランスにうるさいんだ。

 僕としては指輪としての完成度で価値を計って欲しいんだけど、レンファの中では、ビンいっぱいに詰めて初めて完成する作品――みたいな扱いになっている。

 父さんと母さんもそうだけど、僕とレンファも根っこが違い過ぎて面白い。

 価値観がかすってない? ひとつも噛み合ってない感じ?


「ビオラにするよ。色は何が良いかな……」

「……アレクくんは青だと思う」

「青? ――ああ、色で花の意味が違うんだね。分かった、じゃあそれを1輪……いつも通り、茎を長めでお願い。あとお供えの花も」


 ルピナは憎まれ口を叩きながらも、いつも僕とレンファにピッタリの花を選んでくれる。だから、いちいち意味を確認する必要はないんだ。

 どうしても意味が気になったら、あとで母さんあたりに聞けば良いしね。



 ◆



 父さんと一緒にお墓参りを済ませたあと、今日は僕が馬の手綱を引いた。

 馬車を操るのもだいぶ慣れてきて、もし父さんが手足をケガしても僕が居れば安泰だ。森と街を何往復だってしてみせる。


「――この冬で、ついに18歳だな」


 荷台の方から父さんの声が聞こえてきて、僕は明るく「そうだね」って答えた。

 爺ちゃん婆ちゃんは亡くなったから、今年の春の時点でレンファの養子縁組は解消しておいた。兄妹のままじゃあ色々と問題だからね。

 あとは僕が18歳になれば、レンファも16歳。すぐにでも結婚できるように、準備だけは万全だ。


 大きな家があって――僕個人のものは少ないけれど――貯えがあって、父さん母さんのサポートもあって。

 あと、あまり大きな声では言えないけれど、準備どころかフライングしてしまったものもいくつかあって。


 父さんも母さんも、レンファの命が不安定だってことはよく理解している。だって、酷い時には丸一日寝たきりの時もあるんだ。あれは本当に胆が冷える。

 だから、結婚については急いだ方が良いんじゃないかって、後押ししてくれている。


 ここまですごく長かったような気がするし、レンファとは、つい昨日会ったばかりのような気もする。

 僕はボロボロで痩せ細っていて、緑に包まれた〝魔女の家〟で魔女と出会って――もう5、6年前のことなのに、今でも鮮明に思い出せるよ。


「――あれ? 父さん、家に誰か来てる……『魔女の秘薬』のお客さんかも。母さんとレンファが話しているみたいだ」


 もう少しで家だと思ったら、その前で母さんとレンファが大人2、3人と話し込んでいるのが見えた。

 僕は最近、街の仕事か森の中で採取するので家を空けがちだ。だから秘薬を求めてお客さんがやって来るのを見たのは、2年ぶりぐらいだと思う。


 珍しいなあ、まだ街を怖がる人が居るんだなあ――なんて考えていると、荷台から焦ったような声が聞こえてきた。


「――あ、アレク、止まれ! 悪い、馬車を停めてくれ、町に忘れ物したみたいだ」

「ええ? もう家はすぐそこだよ、明日じゃダメなの?」

「急ぎなんだ、大事なものを忘れた! すぐ取りに帰らないと!」

「ちょ、ちょっと待って、分かった。馬車を転回するから――」


 馬の速度を落とすと、後ろの荷台がぐわんと揺れた。

 何事かと思ったら、後ろから父さんが駆けてくる。まだ馬車は動いているのに、止まるのが待ちきれなくて飛び降りたみたいだ――倒産はいきなり「御者を変わるから、アレクは荷台に乗るんだ!」って僕の手から手綱をひったくった。


 一体、どれだけ急いでいるんだろう。というか、僕も一緒に街へ戻る必要はあるのかな?

 僕だけ先に家に戻って、夕飯の支度を始めていた方が良いんじゃあないかな。父さんってば寂しがり屋なんだから。

 仕方ないから御者席を降りて、後ろの荷台に回る。


 すると、家の方から「――!!」って叫び声が聞こえて来て、僕は思わず家を振り返った。


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

青色のビオラは『誠実な愛』『純愛』などの花言葉を持ちます。

また、国によっては「結婚する時に青色のものを用意すると幸せになれる」という風習・ジンクスがあって、結婚を匂わせる色でもあるそうです。

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