第7話 宝物
男に組みついたゴードン父さんの太い腕を掴んで、2人を離すために引っ張った。
あまりにも体格差があり過ぎて、相手がコロッと死んじゃいそうなのが怖い。僕は父さんを悪者にしたくないんだ。
「――アルビノの身体を食べて、何になるの? 悪いけど僕はただの人間だから、薬にはならないよ」
「お前はモノを知らないから、
男はそのまま「薬師の婆さんに聞いた時には、本当に惜しいことをしたと後悔した。もっと早く教えてくれれば、絶対に手放さなかったのに」って、勝手なことを言っている。
――僕は、どうしたものかなって悩んだ。
家族が僕にこの話を教えてくれなかったのは、きっと「絶対にこの人たちには僕の身体を渡したくない」って思っているからなんだろう。
それに、アルビノの身体が薬になるとか、価値があって人に狙われるから危ないとか――そんな話は街でも聞いたことがない。
つまり、アルビノは薬になんかならないんだ。
それも当然だよね。だって見た目が少し個性的なだけで、僕の身体はそこらの人と変わらないんだから。でもこの人たちは、本気で言っているんだと思う。
例えば、断ったら何をされる? いいや、素直に言うことを聞いたらどうなる? 言うことを聞くとして、僕は
なんだか、皆がこの問題を隠そうとした理由がよく分かる。
僕なら本気で悩むって――悩んだ末に素っ頓狂な答えを出すって、バレていたんだろう。
「アル、家族が困っているんだぞ? お前は兄さんじゃないか、弟を助けようって気はないのか! ――それとも魔女と一緒に過ごすうちに、考え方まで悪い方へ染まったのか? ジェフリーが死んでも構わないと!? 呪われたお前を育ててやったのは、誰だと思ってる! この恩知らずが!!」
今にも男に殴りかかって行きそうな父さんの腕を、グイグイ後ろに引いて距離をとらせる。
――全く、僕より怒りっぽいんだから。
「ゴードン父さん、馬車を頼んでも良い? どうするかは、まだ分からないけど……一旦家の前まで行こう。あまりレンファを不安にさせたくないんだ」
「――わざわざ相手する必要ないだろ! 追い返せば済む話だ!」
「でも、追い返しても何度も来るから
あまりにも父さんが熱くなるから、僕はかえって冷静になた。
まあ、この人たち相手に何も思わない訳じゃないし、色々と複雑だけど――この問題だけは、今解決しておかないとまずい。
僕はもう何も奪われたくないし、ただ家族皆で幸せに過ごしたいだけなんだから。村のことは、これで終わりにしたいんだ。
ゴードン父さんは言葉に詰まって渋々頷くと、御者席に座り直した。そして、ゆっくりゆっくり、人の歩くスピードと変わらない速度で馬を進める。
僕は馬車と並ぶように足を踏み出して、こっちを睨みつける男に「行こう」って声を掛けた。
◆
家に近付くと、セラス母さんに抱き留められていたレンファがこっちまで走ってくる。だから慌てて、僕の方から彼女を迎えに行った。
――もうすぐ16歳のレンファは、可愛いキツネからキレイなキツネになった。
身体はルピナほどふっくらしなかったけど、まるで柳の枝のようにしなやかで、触れるとなめらかで大好きだ。
ふわふわで長かった髪の毛は、ふわふわなまま肩までの長さになった。長いと乾かすのに時間がかかるし、色々と大変なんだよ。
レンファ越しに家の前を見れば、痩せ細った母さん
あと、セラス母さんが心配そうな顔でこっちを見ている。
両手を広げて受け止めれば、ぎゅうと腕を掴まれて――レンファは何を言うでもなく、ただ強い目で僕を見上げた。
まず何を言うべきか悩んで、僕はひとまず、姿が見当たらない〝宝物〟の話を持ち出した。
「――エルトベレは? もしかして、家の中に1人きり? ダメだよ、まだ3歳なんだから……レンファが傍に居てあげて。外でこんなに騒いでいたら、きっと不安だよ」
「今はそれどころではありません、あの子なら賢いから平気です――むしろこの状況でアレクを放置した方が、エルは不安になります」
言いながらレンファは、僕の胴にしがみついた。すごく嬉しくて抱き締め返したいんだけど、あまりお腹に圧を掛けたくないから我慢する。
レンファのお腹の中には今、2つ目の宝物が入っているから。
――エルトベレっていうのは、僕とレンファの子だ。母親似のキツネ目が可愛い男の子だよ。
名前の由来は、どこかの国の言葉でイチゴを意味する『エルトベーレ』から。だけど、大きくなった時、よくも可愛い名前を付けたなって怒られるかもね。
でも『幸福な家庭』とか『尊重と愛情』とか、イチゴって花言葉に素敵なのが多いんだもん。いっぱい実がなるから、子だくさんにも恵まれるって言うし!
エルトベレは今から3、4年前にちょっと、こう、僕が我慢できなくなって、つい――レ、レンファがいつダメになるか不安で、焦っていたし? うん。逆に自然の摂理って感じだった。
ただ、妊娠した時にはまだ婆ちゃんが存命だったから、皆でちょっと焦ったんだよな。一応〝兄妹〟だから、そんな――ねえ。
でも、結局婆ちゃんはひ孫の存在を知る前に死んじゃった。ま、まあ、こういう言い方はアレだけど、セーフだった? あんまりセーフじゃないか。
「どうしてこんな、間が悪い時に帰ってくるんですか……ずっと「生贄は死んだ」って誤魔化していたのに」
その言葉に、彼らは本当にずっと前から「アルビノの身体をくれ」って言いに来ていたんだなって思う。
もっと早く教えてくれれば良かったのに――そうすれば、レンファも父さんも母さんも楽できたのに。
皆してわざわざ面倒な道を選んで、そうまでして僕の身体を守ってくれるだなんて。僕ってば愛されすぎていて、困っちゃうよ。
「……まだ今日「おかえりなさい」を聞いてない」
「だから、それどころじゃないでしょう。叩きますよ」
「ヒエッ」
じろりと細目で見られて、僕は肩を竦めた。お腹の子に悪いから、あまり怒らせたくないんだけどなあ。
――だから、こんな人たちの相手なんてして欲しくない。
このまま追い返し続けたらどうなる? あの、今にもダメになりそうなジェフリーが本当に
アルビノの身体にそんな効果はないって説明したところで、この人たちは一生理解できないだろう。だって、そういう呪われた村なんだから。
レンファとお腹の子が心配だから「家に入ってエルトベレと一緒に居て」って言っているのに。
僕は細い手を引いて、家の前で困り顔のセラス母さんと、痩せた女と小さい人が居るところまで歩いた。
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