第2話 指輪のビン詰め

 ルピナや街に慣れるまで時間がかかったけど、僕はあれ以来、ちゃんと2週間おきに目薬を受け取りに行っている。

 街と森を行き来するのも大変だから――って言うと、レンファとセラス母さんから「大変なのは馬と、それを操るゴードン」って言われたけど――できることなら数か月分まとめて渡してくれたら良いのに、なんて思うこともあるんだけどさ。


 なんか、氷室ひむろよりもずっと寒くてすごい冷蔵庫レーゾーコっていうのがないと、上手く保管できないらしいんだ。

 だけど冷蔵庫は電気がないと使えないから、森に置いても仕方がない。家の床下は涼しいけど、冷蔵庫ほどは寒くないからね。


 しかも、いっぱい渡されたところで、薬って空気に触れるたびにダメになっていくみたいなんだ。

 目薬なんてただの水じゃないかと思うけど、でも、ただの水だって暑いと腐るからね。体に入れるものだし、やっぱりお医者と薬剤師の言うことは聞いておかなきゃね。


 ルピナとはそれなりに仲良くなったけど、なかなか変な子で――これもレンファと母さんに「たぶん、アレクにだけは言われたくないと思う」なんて失礼なことを言われた――普通にお話するのも大変だ。

 僕が何を言っても良いように受け取ってくれるというか、ちょっと心配なんだよなあ。

 ルピナのお父さんお母さんから聞いた話だと、どうも昔から〝惚れっぽい子〟で〝メンクイ〟なんだってさ。いつも見た目で好きになって、中身はどんなのでも関係ない。ただ彼女にさえしてくれれば、それで良い。


 そんなので、いつか娘が変なことにならない、不安じゃないのって聞いたこともある。

 すると2人は、口を揃えて「ちょっとくらい痛い目を見ないとウチの子は学ばない」って言う。


 ルピナは小さい頃から薬局で働いていて、街のお客さん――患者さん? に、ものすっごく可愛がられて生きてきたんだって。

 お父さんお母さん的には、そんなに甘やかした覚えはないって言っていた。だけど2人が薬剤師の仕事で忙しい分、薬を受け取りに来たお爺さんお婆さんたちが、すっごく甘やかしちゃったみたいだ。


 僕みたいに「化け物、汚い、呪い、ゴミ」ばかり言われて育つと、自分の評価がまともにできなくなる。ただ、どうも可愛いって言われすぎるのも大変らしい。

 確かに、ルピナはタヌキみたいで可愛いとは思う。でも、僕にとってはだからなあ。

 可愛いだけじゃあ、ちんち――ああ、これはむやみに言っちゃダメって言われたんだった。


 とにかく、ルピナのことを考えても、痛くならないんだよな。

 僕としては、ちょっと変わっていて面白い友達として付き合っているつもりだ。

 たまにタイミングが合うと、ルピナの街の友達だっていう子たちとも話せる日があって、それも楽しい。もちろん、最初は緊張したけれどね。


「――街の子たちって、本当にオシャレだよねえ。僕の村にはあんな子供、1人も居なかったよ」

「そうですか」


 季節はあっという間に巡って、寒い冬は明けた。レンファは相変わらず寝ている時間が長いけど、雪が降り積もっても冬眠しなかった。偉い。

 雪が解けて、魔女の森にも少しずつ緑が戻ってきたよ。

 秘薬づくりのために必要な素材を採るため、僕は今日もレンファと一緒に森の地面を掘り返す。


 レンファは、季節を問わず「選ぶのが面倒くさい」って言って黒いワンピースばかり着る。その上にコートを着るか、着ないかの違いだ。

 母さんは赤が好きだし「娘を着せ替え人形にするのが夢だった」って、色んな服を着せたがる。

 やっぱり僕が男の子だったこと、本当はショックだったんだな。


 でもレンファはいつも眠たそうで、面倒くさそうで、不機嫌そうだから――母さんってば遠慮して、あんまりワガママ言えないみたい。

 ここは僕がレンファの代わりに女の子の服を着て、母さんを楽しませるしかないな! って言ってみたんだけど「アレクったら、最近すっかり骨太になっちゃったから……なんだか悪いわ」って断られちゃった。


 色んなところが太ったのちょっと気にしているのに、酷い。


「アレク、気をつけてください。茎を傷付けないように――汁が手についたら、しばらく取れませんよ」

「はーい」


 ――白っぽい花の下を掘って、細い根っこごと採る。

 花弁は心がホッとするお茶に。茎から出る粘っこい汁は、薬を混ぜ合わせる時の〝つなぎ〟に。そして根っこは、薬の材料になるらしい。

 上から下まで全部使えるなんて、まるで牛みたいに働き者な花だ。


 ちなみに、レンファの〝魔女の家〟は今もメチャクチャなままだよ。

 一度は、ゴードン父さん含めた家族皆で片付けようとした。だけど、ガレキをいくつか退けて地下室を確認したら、呪いを解くための陣が潰れて、ダメになっていたんだ。


 だから、やっぱり片付けても仕方ないねって話になった。そもそもレンファはもうウチの子だし、わざわざ1人で森の中に住む必要もないんだよね。

 それに、レンファがウチに来てから『魔女の秘薬』を求めて森を訪ねてきた人は居ない。

 母さんが「廃業間近だ」って言っていたのは、本当だったんだな。じゃあ、僕が魔男になっても仕事にならないか。

 せっかく楽しい仕事なのに、ちょっと残念だ。


 僕は、ふとした時に村の――家族人たちのことを思い出す。

 弟のジェフリーは熱が下がったのかな? とか、あれ以来薬を求めてやって来ないってことは、体も強くなったのかな? とか。


 別に、今も彼らのことは好きじゃない。でも彼らがだったお陰で、僕はレンファや家族を見つけられたから。

 そう考えると、やっぱり復讐なんて考えるだけ無駄なんだろうなと思う。僕は僕のやり方で「ざまあみろ」をするんだから。


「そろそろ帰りますか? もうすぐゴードンが来る頃でしょう」

「ゴードン父さんだよ」

「冗談じゃありません、昔の友人を父さん母さんと呼ぶなんて――」


 の前では「パパ」「ママ」って呼ぶくせに。本当に照れ屋だなあ。

 レンファと隣り合って歩きながら、チラッと真っ白な左手を見る。その小さな薬指には、今朝僕が贈った花の指輪が嵌められている。

 口では「気持ち悪い」って言いながら、毎日僕の指輪をつけてくれるのが可愛い。

 今の時期は蓮華。もう少ししたら、別の花で指輪をつくろう。


 どうしてもすぐ枯れてカサカサになるんだけど、レンファは大きなビンの中に今までの指輪を全部溜め込んでいる。

 中に乾燥材? ってのを一緒に入れているから、結構キレイに水分が抜けるみたい。キレイに水が抜けると、花の形がしっかり残ったまま枯れるんだ。


 夏が来る頃には、あのビンいっぱいになっているだろうね。指輪のビン詰め、レンファの目が覚めなくなる日まで増やし続けたいな。

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