第3話 心構え

「アレク、あなた本当に大きくなったわよね」

「……そう? クマみたいになったかな?」


 お昼ご飯をつくるために、セラス母さんと並んで台所に立つ。

 手の傷は全部塞がったから、もういくら水に濡れたって平気だよ。食べ物に触っても痛くないし、ご飯を血や膿で汚す心配もない。

 手だけじゃなくて、体中の傷も頭や顔の傷も塞がった。どうしても痕は残っているけど、痛くなければなんの問題もないね。


 ちなみに、レンファはだいたい昼過ぎまで起きない。たまに朝に起きてきた時には、あとでお昼寝しないと体がもたないみたいだ。

 だからいつも、家事を手伝えないことを申し訳なさそうにしながら寝ている。

 僕も母さんも「申し訳ないと思うなら、寝ている時に頬っぺたをつついても文句を言わないこと!」って伝えてあるし、気にしなくて良いのにね。


 すごく迷惑そうな顔をして「まあ、いいですけど……」って言われたから、たぶん嫌がってはいない――はず。


「クマには、まだ届かないと思うけど……でも、初めて会った時は130センチあるかどうかぐらいだったのに、あっという間に10センチ以上伸びた気がするわ。元がひどい栄養失調だったから、急激に伸びたのかしら?」


 母さんに頭をポンポン叩かれて、くすぐったい気持ちになる。

 気付けば、大人の女の人に対する気持ち悪さがかなり減ったと思うんだ。もう母さんに触られてもなんともないし、ルピナのお母さんに触られてもなんともなかった。


「もっと伸びると思うよ。今でも、夜に膝が痛くなることが多いし」

「あら、まだ成長痛があるの? でも確かに、男の子って14、5歳ぐらいまでは年間10センチ以上伸びる人も居るみたいだから……楽しみね」

「そうだねえ、父さんぐらい大きくなれると良いんだけど」


 あとから聞いた話だと、別にレンファはクマみたいな人が好きな訳じゃないらしい。

 ただ、〝痩せウサギ〟の相手をするのがあまりにも面倒くさかったから、僕が逆立ちしたってなれそうもないクマを例に挙げたんだって。

 でも結局僕に捕まって、逃げることすら面倒くさがっているのが可愛い。

 やっぱり長く生きすぎると色んなことに興味がなくなって、色んなことが面倒くさくなるんだろうな。うん、それは仕方ない。


 だから、もうクマを目指す必要はない。だけど、どうせならゴードン父さんみたいに大きくなりたい。大好きな家族だし、似ている方がもっと楽しいから。


 ――僕とレンファは、この春に母さんと父さんの養子になったんだ。

 ただ、父さんは仕事の引継ぎ? が忙しいから今も街に住んでいて、一緒に暮らすにはまだまだ時間がかかりそうだ。

 皆で暮らすのにこの家は狭すぎるから、そのうち大きな家を建てようって話になっているんだ。父さんは商会の偉い人だから街に居た方が良いはずなんだけど、でも僕らと一緒が良いんだって。


 働く父さんも、通院するも僕も、絶対に街に住んだ方が楽なのは分かっているんだけど――母さんは街が気まずくて好きじゃないし、僕も森が好きだし、レンファだって〝魔女業〟をするならここに居た方が良い。


 生活するのに必要なものを運び込むのは大変だけど、でも父さんが「俺が爺さんになって動けなくなるまで、好きなだけこき使えば良い」って言ってくれたんだ。

 父さんが動けなくなったあとは、僕が頑張る番だね。


 新しい家は、いつか孫ができた時のために5部屋ぐらいつくるんだって。

 育てるのが大変だから、子供は2人ぐらいかなって思っていたけど――皆が一緒なら、何人つくっても良いかも知れないな!


「そうそう、宿題はどう? 終わったら言ってね、次を渡すから」

「うん、ありがとう。レンファと森で薬の材料を採って、それを干し終わったら宿題の続きをするよ」


 宿題っていうのは、セラス母さんが考えた計算問題の本だ。まるで先生のところで勉強しているみたいで、宿題はすごく楽しい。

 僕は同年代の子と比べたらかなり遅れているから、大変だ。

 去年の冬に13歳になって、レンファも11歳になった。今年の冬で14歳。結婚できるまで、あと4年もある。


 ――たまに「いつまで存在できるかも分からないんですから、私の肉体のができ次第、子供をつくっても良いですよ。君が18になるまで待てるかどうか、確信がありませんし」なんて言われると、嬉しくて悲しくなる。


 いや、うん、それは絶対にしたいよ。何があっても子づくりだけはしておきたい。

 父さんだって前、レンファに説教されながら「人間なんて家族ナカマを増やしてナンボだぞ! 何が悪いんだ! 俺は間違ってない!」って泣きそうな顔で言っていた。


 レンファは元気だし、病気しないし、しっかり生きている。でも寝ている時間が長いし、ぼんやりしていることも多い。

 まだまだあの子と一緒に居たい。時間が足りない、一緒にしたいこともたくさんある。だけど、そう考えているのは僕だけで――レンファは、一日も早く終わりにしたいと思っているかも知れない。


 ただ、中途半端に関わってしまった僕に対するだけ果たして、それで満足なのかな――。

 結局、人の頭の中のことなんて僕には分からない。

 僕はちゃんと、最後の日に笑顔で「おめでとう」を言ってあげられるかな。絶対に「行かないで」だけは言いたくない。そんなことを言ってしまったら、きっとレンファは悲しい気持ちのままから。


 僕みたいなのでも「置いていくのは忍びない」みたいなこと言っていたんだよなあ――たぶん、本当に責任感が強い女の子なんだ。

 どうすれば、皆が楽しい気持ちのまま終われるんだろう? なにか良い方法はないのかな。

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