第8章 変化と成長

第1話 ここからスタート

 ルピナのお父さんから目薬を貰って、僕はゴードン父さんに預かったお金で支払いをした。

 頭の中でお釣りを計算しながらお会計を待つのは、すごくワクワクして楽しかったよ。


 前に、父さんが「いかに細かいお釣りを受け取らずに済むか――完璧に端数なしのお釣りが返ってきた時の達成感は良いものだ」って得意げに言っていたな。

 でも、横から入って来たセラス母さんが「うざったくないかしら、そういう考え。後ろに並んでいる人からすれば、さっさとレジ変われってならない? 私、後ろに人が並ぶと慌てちゃうのよね」って首を傾げると、父さんは少しだけ落ち込んでいた。


 ――僕は2人の間をとって「それなりに端数をなくしたお釣り」を受け取れる人になろう。

 母さんと父さんって仲が良いけど、たぶんが全く違うんだよな。

 どっちも優しいけど、母さんはちょっと雑で慌てんぼだ。父さんはキッチリしていて、体は大きいのにやることが細かい。やっぱり商人だからかな?


「はい、お大事にね。今回はちょっと期間が空いたけど、次はきっちり2週間で取りにくるんだよ? お薬にだって、食べ物と同じで消費期限があるんだから」

「そっか……体に入るものだもんね。分かった、次はちゃんと日にちを守るよ」

「うん、そうして? 君が来てくれるだけでウチの子も喜ぶしさ」


 ルピナのお父さんは、悪戯っぽく笑いながら後ろを振り返った。

 受付の奥では、相変わらずルピナがチラチラもじもじしていて――そんなルピナの背中や肩を押すように、お母さんがポンポン叩いている。


「ルピナ、もうアレクくん帰っちゃうぞ~? このまま〝ガールフレンドその4〟の座を諦めても良いのか~?」


 ルピナのお父さんは、すごくニヤニヤしていて楽しそうだ。

 なんか僕、よく分らないけどルピナのお父さんとお母さんはちょっと好きかも知れないな。嫌な感じが全くしないから。


「ガールフレンドって?」

「うん? そうだなあ、結婚したい人――家族にしたいぐらい好きな人? いや、婚約者じゃあるまいし、恋人ってそこまで重くないか……? 改めて聞かれると難しいもんだね。仲の良い女の子の友達ってことにしておこうか」

「なるほど、確かにレンファは僕のガールフレンドみたい――ッタイ!! ……だね」


 受付のカウンターに隠れて見えないからって、横から足を踏みつけてくるのは辞めて欲しい。変なことを言ってないかどうか、もっとよく考えろってことかな。

 ルピナは、僕の四番目でも良いから傍に居たい――か。

 僕はどうだろう。「レンファの四番目でも良いから結婚したい」と思うかな? ううん、結婚できるのは1人だけだもんね。


 だから、レンファは村で一番強い男と結婚したあとに〝ゴミクズの呪い〟をかけられたんだ。

 僕だって絶対にレンファの一番が良いし、後ろに二番、三番が控えていると思うとすごく不安になる。


 ルピナのお父さんお母さんは笑っているけど、娘が僕の「四番になる!」なんて言っていても平気なのかな? まだ子供だから気にならない?

 だってそれってたぶん、母さんと結婚しないまま年を重ねたゴードン父さんと似ているよね。


「――ああ、なんか……そうか。レンファが怒っていた理由、やっと分かった」


 思わず呟けば、隣から「そうですか」って興味なさそうな声が聞こえた。どうせ何も分かってないくせにって思っているんだろうな。

 人から好意を受け取ったなら、それなりの誠意を見せるべきだ。何も返すつもりがないなら、早々に見切りをつけるべき。

 前にレンファがセラス母さんのことを怒った時の言葉だ。


 ルピナは――例え僕の外面ガワしか見ていないとしても――曲がりなりにも、好意を示してくれているんだ。

 別に、僕が好意を欲しがった訳じゃない。ルピナを利用して何かしようとした訳でもない。

 だけど、気持ちに応えるでもなく突っぱねるでもなく、ただ放置しようとするのはすごく悪いことだよね。


「よ、四番目で終わらないもん! 私、ゆくゆくはちゃんと一番になるんだから!」


 お父さんに呼ばれて、お母さんに背中を押されて――今にも泣きそうな顔をしたルピナがやって来た。

 ルピナはカウンターがあるから手が届かないと安心しているのか、どこか緊張したような顔でレンファのことをジロジロ見ている。


「ルピナ。ごめん、僕さっき嘘ついた」

「……嘘?」

「僕の大事な女の子、レンファだけなんだ。二番と三番は母さんと父さんで……他の女の子を大事にする気はない」

「えっ、じゃあ、今好きなのはその子だけ?」

「うん」


 人に好かれたらちゃんとする。だって僕は、雑で適当な関わり方をされたら悲しいから。自分が悲しいことを人にしたくない。

 せっかく欲しがってくれたのに申し訳ないけど、僕が欲しいものは、ずっと前から決まっているんだ。

 ルピナのお父さんお母さんは、やっぱり怒らずに「あらあら」ってニヤニヤしている。

 もしかしたらルピナがこういう状態になるの、珍しくないことなのかも知れない。もう慣れっことか?


「そんな……1人しか、居ない――?」


 震えた声が聞こえる。

 なんだかものすごい悪者になったような気がしたけど、でも間違ったことをしたとは思わない。スケコマシーの方がレンファに嫌われるからね。

 でも、言い方が悪かったかな。結局悲しい思いをさせちゃったかな。俯いて震えるルピナは、もしかして泣くのを我慢している?

 友達じゃ、ダメなのかな――そんなことを思いながらドキドキしていると、ルピナがパッと顔を上げた。


 その顔は、どうしてかすごく嬉しそうだった。


「えっ、じゃあじゃあ、その子がダメだったら、すぐに私の番が来るってこと!?」

「……んっ、え?」

「やだー! 超ラッキー! 良いよ良いよ、私、2人が別れるまで待つから!」

「いや、ルピ――」

「大丈夫! でも、私が先に予約したんだからね!? 別の女の子に横入りさせちゃダメだからね!?」


 あれ、おかしいな。

 それって結局「四番目で良い」って言っている時と何も変わってないような――?

 上手く伝わらなかった? 説明が下手だった? どうしたものか困っていると、レンファが僕の手を引いた。


「アレク、帰りますよ。君にしては上手く説明できていました。対応も誠実でした。ただ、彼女が色々なことを理解できるようになるまで、まだ数年かかりそうです」

「えっ、あっ、そ、そうなんだ……? そういうこともあるんだね……?」

「ふーんだ! 何よ、今はアレクくんの彼女だからって、偉そうにして! 子供の時から付き合ってるなんて、どうせ大人になったら別れるんだから! ばーか、ばーか!」


 レンファに強く手を引かれて、僕は受付に背を向ける。

 後ろの方から「こら! 友達にバカなんて言うな!」「ルピナったら性格ブス! 親の顔が見てみたいわね!」って叱る声と「いったーい! 叩いたー!」って嘆くルピナの高い声が聞こえて――ちょっと、おかしかった。


「――その〝おままごと〟を、他でもない自分が欲しているくせに……自分のことを棚上げして嫌な子ですね、あまり関わりたくありません。君もできるだけ関わらないで」


 ムッスリとした声が近く聞こえてきて、僕は少し笑う。

 それから「よくルピナを捻らずに我慢したね」って、真っ黒でふわふわの髪の毛を撫でた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る