第10話 1歩ずつ
ルピナは涙目のまま処方箋を受け取ると、チラチラこっちを振り返りながら奥の受付まで歩いて行った。
僕もレンファに「行きますよ」って手を引かれたから、薬局の奥へ進む。確かに入り口で通せんぼしていると、他の人が入れなくて邪魔だもんね。
お医者のところと比べると狭い待合の椅子。そこにレンファと隣り合って座ると、また左手の甲をミチッと摘ままれて唇を尖らせる。
どうもスケコマシーは、よくない人のことらしい。あとでセラス母さんに聞いてみよう。
「アレク、君はまだ人の好意というものを理解できていないようですね」
「……好意。何度も言うけど、レンファのことが好きなのは
「私の問題だけではありません、今重要なのは彼女のことです」
言いながらレンファがチラッと見たのは、受付越しにこっちを気にしているルピナだ。
ルピナはニヤニヤしたお父さんお母さんに囲まれて、何か言われている。言葉を掛けられるたびに首をぶんぶん横に振ったり、赤くなったり青くなったりしていて
「彼女が口にした言葉を覚えていますか? 君の「四番目になりたい」と言ったんです」
「……言っていたような気もする」
いきなり手を掴まれてビックリしたから、正直よく覚えていないけど――そんなことを言ったらますます抓られそうだから、僕はレンファに合わせて曖昧に頷いた。
「今彼女の中でアレクは、複数人の女性に手を出す男だということになっています。私の下に二番、三番が居て……その更に下になりたいと言ったんです。下でも構わないから、君と一緒に居たいと」
「……セラス母さんはともかく、ゴードン父さんは男だよ?」
「――――――
レンファはこれでもかと呆れた顔をして、大きなため息を吐き出した。
そのまま「女の子の中で大事なのがどうこう言う話だったじゃないですか」って言われて、僕はハッとする。
「……じゃあ、二番までしか居ないな! 僕ルピナに嘘ついちゃった」
「そういうことじゃないんです――ああ、なんかもう、面倒くさ……あとでセラスに丸投げします」
「よし分かった、丸投げされます」
僕は力強く頷いた。
勉強するなら、やっぱり優しくてお話の分かりやすいセラス母さんが一番だからね!
レンファはますます呆れ顔になって、僕からサッと顔を背けると、少しだけ俯いた。
「君はなんというか、やっぱり好きとか大事とか、その境界がひどく曖昧な気がします。相手の性別とか、年齢とか、関係性とか……家族や友人、恋人についても何ひとつ理解していない。死ぬまで君の傍に居るのは構いませんけど、妹のままでも十分なのでは? それくらい、君の言う『好き』は幅が広く感じます」
「うーん……?」
「少なくとも、
投げ掛けられた言葉を、必死にかみ砕く。かみ砕いて行くとあまり納得できなくて、本当にそうかな? って首を傾げる。
――だって、ついこの間ゴードン父さんから教わった
「でもさ、妹のことを考えただけでちんちんが痛くなるのは、ちょっとおかしいと思うんだよ」
「――――――おかしいのは君の頭と、デリカシーのなさですが?」
「それってたぶん、僕は「レンファが妹じゃダメだ」ってことだよね? 子づくりしたいんだもん、ちゃんと好きだよ?」
「……黙ってくれませんか? あとでゴードンに説教します」
「だから僕は、本当に、すごく結婚したいです。ちんちんをなおしてもらうなら、絶対にレンファが良い」
「黙れって言っているでしょう」
レンファは突然、両手でパチン! と僕の両頬を挟み込むように叩いた。僕は「アイ!」って小さな悲鳴を上げて黙り込む。
森だったら、もっと大きな悲鳴を出していたよ。
僕はどうしても村での辛い思い出があるから、大人の女を克服するのは大変なことだ。
だけど父さんに男の体について教わって、少しずつだけど――ボロボロの心が救われているような気がする。
好きな女の人のことを考えただけで
例え起きる結果は同じでも、意識は全然違うんだ。
だから僕は、村のお姉さんのことが〝好きじゃない〟で合っている。体と心はボロボロになったかも知れないけれど、僕の『好き』だけは奪われてない。
――それを聞いて、どれほど安心したか。
僕はヒリヒリする頬っぺたを両手で包みながら、ちょっとだけ笑った。
誰にも僕を奪わせない、奪われることはない。だけどもし、万が一があって奪われるなら――それはレンファが良い。
レンファはどうして分かってくれないんだろう? 僕のこれは刷り込みでも、友愛でも家族愛でもない。こんなにもレンファが欲しいのになあ。
「アレクくーん」
そうこうしていると、受付に居るルピナのお父さんに名前を呼ばれて立ち上がる。
僕は返事してから歩き出そうと1歩踏み出したら、すぐレンファに左手を取られてなんだかおかしくなる。
気持ち悪いって言っても、黙れって言っても、手足が出ても。なんで僕の傍に居てくれるんだろう。
もしかしたら、
「……ねえ、レンファ。
少しでも長く生きて欲しいから。『右手の呪術』は、生きるためのものだから。
レンファは僕をチラッと見上げて、ゆるゆると首を横に振った。
「右とか左とか、バカらしい。アレクはアレクでしょう」
「それはそうかも知れないけれど」
「――それに君は、私の〝ゴミクズ〟だからこれで良いんです。私は、私の呪いを解いてくれたゴミクズと生きて……死ぬんですから」
「何が「良い」のかはよく分からないけど、でも嬉しい。本当に好きだよ」
また小声で「気持ち悪い」って言われたけど、僕はひとつも悪い気がしなかった。
ほんの少しだけ、レンファが変わったような気がしたから。
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